第4話 秘策があるの

 その夜のこと。二人は大魔王の寝ている和室に侵入しようとしていた。大魔王が来たときに和室が大魔王の部屋となり、大魔王の私物もこの和室に置かれていた。和室には絶対に入るなと言われており、二人はリビングで布団とソファーで寝ているのだが、ここにカホは目を付けたのだ。


 音を立てないよう、二人がそっと和室のドアを開けると大魔王は薄暗い常夜灯の下で、すやすやと寝息を立てていた。掛け布団を半分剥いだ格好で大魔王は寝ていて、Tシャツを着た上半身と黒い腕輪をつけた左手が布団から露出している。大魔王も今は人間の体になっているので、睡眠を取らなければならないのである。

 こうして眠っていると、それはただのカホだった。そんな大魔王の姿にトシヤはつい見入ってしまう。


「ちょっと何やってんの」とカホが小声で言う。「これ私の体なんだから、変な目で見ないで」

「いや、そういうつもりじゃなくて」と小声でトシヤも言う。

「一応私たち、赤の他人なんだから」


 トシヤが押し黙る。そういうトシヤをカホが見つめる。

 元々は仲が良かった二人。同じ保育士同士で出会ったため、互いの環境もよく理解しあえた。散歩などするとき、トシヤはあまり手など繋ぎたがらなかったが、カホが冗談ぽく手を握るとちゃんと握り返してくれた。だが最近では喧嘩が増え、そんな雰囲気など無くなってしまっていた。


 カホからすれば、トシヤは自分から好きだとかそういう言葉も口にしなかったし、態度にも出さなかった。ただ一緒に住んでいるというだけで、トシヤが真剣に将来のことを考えているとは思えなかった。だとしたらトシヤにとって自分という存在は一体何なのだろう。そう思うと、このままずっとトシヤと一緒に住めたなら、などと考えていた自分が馬鹿らしくなってきて、だからカホは別れを切り出したのだ。


 ところがトシヤの方はむしろ逆だった。結婚を申し込もうと思い、婚約指輪を探しているところだった。トシヤは感情を伝えるのが下手だったが、本心ではカホのことが好きでしょうがないくらいだった。自分の運命の人はこの人に違いない。だからこの人と一生一緒に暮らせないだろうか。そう思っていたところで別れを切り出されてしまったのだ。どうしてこんなことになってしまったのだろうと、二人ともが思っていた。

 だが今はそれより重要なことができてしまった。それが今、目の前にある。


「世界を救えるのは私たちだけなんだからね」とカホが促す。「いいから腕輪を」


 大魔王が起きないよう、二人は慎重に布団を剥ぎ、右腕を露出させた。そうして大魔王の腕輪を外しにかかるのだが、上手くいかない。腕輪には継ぎ目というものがなく、ぴったり腕に巻きついている。二人の額に汗が光る。


「駄目だ。外れない」とトシヤが囁く。「壊れもしないよ。頑丈すぎる」

「気を付けて、起きたら終わりよ」


 そう言いながらカホも手伝うが、どうにも外れる気配が無い。それどころか、このまま続けたら大魔王が起きてしまいそうである。

「こっちはやめよう」


 そう言ってカホがトシヤを部屋の隅へ誘導する。そこには大魔王の荷物があった。荷物といってもアタッシュケースほどの黒い四角い箱なのだが、カホは偶然一度見たのだ。ここに大魔王が着けているのと同じ、緑の腕輪が入っていたのを。


「こっちも開かない」とトシヤがすぐに言った。「これも継ぎ目が無い」

「どこか押したりするんじゃない?」

 だがどこを押してみても何も反応しない。


「んん」と大魔王が後ろで言った。


 それで二人は飛び上がりそうになった。だが大魔王は起きてはいない。寝返りをうっただけらしい。二人は胸を撫で下ろしたが、もう限界だった。


「やっぱりこれ以上は駄目。やめましょう」


 そう言ってカホが促し二人は和室を出た。二人の作戦は失敗に終わった。大魔王が何も気が付いていないのが唯一の救いだった。

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