チクッとします

峯松めだか(旧かぐつち)

第1話 チクッとします

 指先に小さく鋭い針が突き刺さる。

(ぎゃあ)

 思わず内心で悲鳴を上げつつ顔をしかめる。

 大の大人が騒ぐなといわれそうだが、痛いのはしょうがない。

「結構痛いですよねえ?」

 処置している看護師さんが苦笑を浮かべつつ呟き、突き刺した針を置き、最初の出血分を拭き取る。

「痛いです」

 拭き取った後で傷口の指先を揉み込む様に絞る、指先で出血した血液が表面張力で球を作った。

「針自体は小さいですけど、指先は痛いからあんまり変わらないんですよね」

 苦笑を浮かべつつ言葉を続ける、必要量採れると見たのか、今度は玩具の様な小さなカード型のスポイトで、その血の玉を吸い取る。

「採る量が気持ち減っただけですね?」

 薄く透明なスポイト部分で血が薄く延ばされ、内部の溝に沿って紅い模様を作る。

(なろうで見たなコレ?) 

 変な感想を懐きつつ、一連の過程を眺める。

 カード型のスポイトは、そのまま分析機にかけるらしく、真っ直ぐ機械に差し込まれた。

 カチリと音がした瞬間、一瞬光った気がする。光に透かして濃度を見ているのだろうか?

(変身アイテムだな?)

 しつこい程にアニメ脳である。

 針を刺した傷口に、白い絆創膏が貼られた。

 採取された血液は一瞬で分析出来るらしく、分析機械に繋がった画面に検査結果が表示された。

 看護師が画面をチラッと確認して小さく頷いた。

「はい400ml、大丈夫です、水分補給は十分ですか?」

「はい、それなりに」

「このまま採血行きますか?」

 検査後休みは無くなった様子だ。手っ取り早くて良いが。

「荷物と飲み物持ってきます」

 待っている間に何杯か飲んだが、十分かと言われると少し困る程度に外は暑く、喉が渇いていた。頼めば代わりに取ってきてくれるが、手間をかけさせるのもアレなので、自分で回収する。

 待合室に置きっぱなしだった荷物を回収しつつ、備え付けの無料自動販売機で飲み物を2つ追加して、コップを指先で摘む様にして持ち込み、採血場に戻る。

「はい、コチラです」

 看護師さんが席に案内してくれる、席のテーブル上に飲み物のコップを置き、籠に荷物を置く。

 靴を脱いでリクライニングシートに座った。

「今日はありがとうございます」

 採血担当らしい看護師さんがバスタオルを腰から脚にかけてくれた。

「名前と生年月日、血液型をお願いします」

「……………」

 パウチパックにラベルが付いているので、取り違え予防だ。

「はい、確認取れました」

 この問答は人違い予防のお決まりだ。

「採血始まったらこの運動をお願いします」

 採血器具を準備しつつ、ラミネート加工された運動手順書が渡される。

 脚の組み換え運動だ。昔のハンドグリップゴムボールよりはやりやすい。

 何度見たのか判らん位なので、一瞥だけしてテーブルに置く。

 暇潰し様にスマホを取り出し、左手に持つ。

 ゴシゴシ

 右手の内側を消毒用アルコール綿で採血予定地が消毒洗浄される。

 グリグリ

 今度はヨードで消毒洗浄される、患部が茶色く染まった。

「乾くまでお待ち下さい」

 はーい

「外は暑いですか?」

「暑いですねえ~」

 ……………

 …………

 世間話をしつつ、乾くまで時間を潰す。

「はい、じゃあ行きます」

 一般的な注射針のサイズとしては最大クラスの針を構えられた。

「どうぞ」

 応えつつ身構える。

「チクッとします」

 チク

「ぎゃあ」

 軽い調子で叫ぶと言うかつぶやき、軽く頭を振り、脱力してぐたーっと頭をヘッドレストに預ける。

 何を大袈裟なと言うが、興奮して血管拡張して血圧が下がるのだ、血の気が多い訳では無いので、スッキリするという感覚は無いし、そもそも痛いのは好きじゃない。

「痛く有りませんか?」

「痛いですよ?」

 お約束の確認に素直に答える。

「痺れませんか?」

「まあ、そっちは……?」

 右手指先をにぎにぎと動かす。

「……大丈夫?」

 自分自身の事だが半信半疑だ。

「まあ採れてるんで大丈夫ですね?」

 看護師さんが苦笑を浮かべた。

 今回開設された採血ルートは順調に機能している様子で、パウチパックにどす黒い静脈血が流れ込んでいく。

「わあ黒い」

「静脈血何だからしょうがないですよ?」

 お約束の台詞を吐くと、苦笑と一緒にお約束の台詞が返って来た、ちょくちょく言われて居るのだろう。

 因みに説明は要らないと思うが、鮮やかに赤いのが酸素をたっぷり含んだ動脈血。どす黒いのは酸素が少ない静脈血だ、採血する場合は体表面に近い部分を流れる静脈から採血するため、必然的に血は黒くなる。

 余談だが、コレにオゾンを入れると酸化したどす黒い血が鮮やかな真っ赤に成って健康に良いと寝言を言う方々が時々見かけられるが、全く逆である。私は頭が悪いんだという事を大々的に宣伝して居るだけなので、相手にしないのが吉だ。

「運動お願いします」

「は~い」

 気の抜けた返事をしつつ、申し訳程度に足を動かす、しつこいようだが刺さっている間はテンションが下がるのだ。

「所でソレ、何処で売ってたんです?」

 話題が血ネタから逸れて手荷物に飛んだ。

「其処のヨドバシです」

 窓から視える位置に、駅前ビルに居を構えるヨドバシカメラが見えていた。

「時々売ってます」

「時々なんですね?」

「ええ、会員カードのクレカ無いと売ってくれないから、意外と店頭見れば置いてある感じです」

 ヨドバシはネット販売と抽選販売を全部捨てたおかげで店頭分だけが有るのだ。

 手荷物には、つい先程店頭で買ってきたPS5がこれみよがしに鎮座していた。

 転売屋が居なければこんな苦労も無いと言うのに、困ったモノだ。


 結局ゲームの話で盛り上がり、スマホを弄る暇は無かった。

「はい、終わりました」

 チューブをピンチコックで挟み込み、採血を止める。

「抜きます」

 ぬるんと採血針が抜かれた、代わりに丸い絆創膏が貼り付けられる。

「抑えておいて下さい」

 指示に従い左手で傷口の絆創膏を抑える。

 圧迫止血だ。

 直ぐにテーピングテープでぐるぐる巻にされる。

「コレは30分後に外して良いですけど、中の絆創膏はお風呂上がる迄はそのままでお願いします」

「はい」

 流れるように左手側に血圧計が巻かれる。

「……下88の上119で、心拍数80」

 面白みの無い数字が読み上げられる。

「何時もどおりですね?」

「若干下がりました」

 上が若干低いが、気にする数字ではない。

 成人直後は下が60で上が90とかで、貧血起こした挙げ句「昇圧剤入れますか?」とか言われて居たのは遠い昔の事である、下が上がってるのが微妙に問題だが、致命的な問題ではないので放ったらかしである。

 処方箋持って行った調剤薬局に首をかしげられる程度には謎らしい。

「大丈夫ですね? お疲れ様でした」

「はい、ありがとうございます」

 椅子から降りて靴を履き、荷物を持って待合室に移動した。


「お疲れ様です、記念品は何れにしますか?」

 失った血液分を補充しようと、無料自動販売機受付担当の人が献血のお礼の品のカタログを持ってくる。

 歯磨き粉、薄いまな板、カップ麺、レトルト食品、ラップ、ウエットシート、どれか一つと……

 予算的には一個につき200円行かないなと目星を付ける、昔は一回につき図書カード500円とか有ったのになあと、段々しょぼくなる参加賞にしょんぼりしつつ、薄いまな板を貰う。

「あと、ポスターお願いします」

「コミケポスターですね?」

 コミケ協力期間なので、ポスターが貰えるのだ、欲しいと言わないと貰えないのが一種のトラップとなっている、因みにコレも段々しょぼくなっている、昔は10枚だったのだが、今回は3枚だ、予算がしょぼいのか、支離滅裂な上にそもそも血をくれない自称フェミが怖いのか、最終末端2万近い全血400mlの買い取りとしては、とても安いと思う。日本には売血禁止の法律があるわけだが其れを含めても返礼品が段々減っていって居るのが何とも言えない感じである。

「これがカードと記念品とポスター、駐車券です」

 受付の時に預けた指定の有料駐車場に対応した無料券が貰える、最大3時間分なので、採血だけで1時間かかる成分だと結構ギリギリだったりするので、注意が必要だ。

 もっとも、成分で血液に薬品を混ぜて戻されるとアレルギー持ちには色々怪しいため、自分は全血オンリーなのだが、因みに全血400mlは全行程1時間程度なので、大体2時間貰って丁度となる。

「ありがとうございます」

「階段は使わないでくださいね?」

「分かってますよ」

 貧血注意を厳命されつつ、献血ルームを出た。

 実は献血で貧血は2回ほどやっているので、他人事では無い、因みに内訳は、初めてで慣れていなかったのでが一回。職場に献血バスが来ていたときに、仕事前に献血するはめになり、仕事開始と同時に倒れたのが一回だ、流石に後者のは無理しすぎな為、それ以降仕事前は止めている。



 さて、帰ったらゲームでもしよう。

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チクッとします 峯松めだか(旧かぐつち) @kagututi666

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