悪夢


 教会を出れば、門に琥珀さんと朱李さんが待ってくれていました。今日はお二人のデートだったのに、わざわざ私の事情にお付き合いさせてしまい、申し訳ないです。


「用は済みましたか?」


「はい。シスターに、これまでのことと、これからのことを……認めてくださったことは、素直に喜ばしいです」


「メグさんが時々話してたシスター……どんな人なんでしょう。会ってみたかったなって気持ちが少しありますね」


「いずれシスターにも会って話していただこうと考えていました。貴方のその誠実さならば、シスターの恐怖も直ぐに薄れることでしょう」


「買いかぶりですよ……」


 そうは言いますが、貴方の誠実さに救われた人間が目の前に居るのですよ? ちゃんと己が周囲に与える影響を自覚していただかなければ、私と朱李さん以外に、いつ女性を天然に引っ掛けてくるか分かりませんからね。


 その点は朱李さんも重々承知しておられるでしょうし、私が進言することは無粋というものでしょう。


「ふ〜ん、シスター、ねぇ……意外とさ、琥珀も自分の知らないところで会ってたりするかもだよ?」


「まぁ実際に姿を見たことがないから、その可能性も捨てきれないな」


 そのように言う琥珀さんの目によると、何処か心当たりがあるようです。シスターの目は過去の私の目とそっくりでしたので、彼ならば直ぐに気付くでしょうし……朱李さんの推測が当たっているのかもしれませんね。


 しかしいつか話す機会を設けさせていただくのは私の中で確定していますし、焦る必要はありませんね。


「それでは、私はここで失礼します。もう日が傾いていますからね」


「うん、またね〜♪」


「また遊びましょうね、メグさん」


 仲睦まじく手を繋ぎながら、一緒に帰ってゆく琥珀さんと朱李さん。お二人の姿を見ていると、胸が苦しくて、悲しくて……


 だからこそ、彼を諦めません。私は私の恋心に従って生きます。


 お覚悟を……琥珀さん♡



 今は朱李を家に送っている。いつもなら彼女から頻繁に話しかけてきてくれるのだが、今日は口数が少ない。メグさんが交ざってのデートも楽しんでいたし、彼女が気を悪くするようなことは無いはずなんだが……


 しかし自分から尋ねることも憚られ、真実を知らないまま目的地に到着してしまった。


「ん、着いたぞ」


「あっ、うん。送ってくれてありがと」


 顔を俯かせていたので、到着したことに今の今まで気付かなかったのか?


 やはり今の朱李は、何かがおかしい。


「……朱李、何か悩んでるのか?」


「うぇっ⁉ い、いや、悩みというほどのことじゃないんだけど……私達って、共同夢の中では、キスしたじゃない?」


 それ以上のことを夢の中では繰り広げていたらしいが……生憎僕にはその記憶が無く、彼女とキスしたとこまでしか覚えていないのだ。


 しかし今は、そのことは問題でなく、件のキスについて。


「でもほら、恋人になってからは、キスしてないじゃん。なんなら現実でもキスしてないし」


「あ〜、うん、言いたいことは分かった。……要するに、僕とキスしたいんだろ?」


「……うん」


 いつもの変態性と肉食性は何処へやら、しおらしく頷いた朱李の姿が、そこにはあった。小動物的な可愛さと共に、何故か色香も漂わせており……物欲しげな彼女の視線に耐えきれず、僕は彼女を抱きしめた。


 驚いて僕の顔を見上げる彼女の唇を、そのまま奪う。


 吐息と喘ぎが口元から漏れ出ているが、それも埋める形で積極的にキスを交わす。朱李は初めから抵抗する素振りすら見せず、僕のみっともない欲望に付き合ってくれた。


 暫くして顔を離せば、頬、いや顔全体を赤く染めた朱李がいた。


「満足したか?」


「大満足。お腹いっぱい。もうこれだけで生きていけちゃいそう」


「ホントに? 本当にこれだけで満足か? 将来的にはもっと凄いことをする予定なんだが」


「ッ⁉ ……琥珀の意地悪。彼女を苛めて楽しいわけ?」


「今まで散々にからかわれてきた分のお返しだ。ちょっとは反省したか」


「ううん、寧ろ逆に燃えてきたよ」


 いつかのように僕の腕を掴み、彼女自身の胸に向かって沈める。深く潜り込んだ僕の手は、彼女の拍動を明確に感じ取った。


 朱李の脈拍を常に理解している、だなんてキモいことはしていない。そんなことはありえない。


 でも今の朱李が、凄く恥ずかしがっているんだってことは分かった。


「そんなになるくらいならハナから止めとけよ……」


「嫌だよ。私、琥珀に触ってほしかったから」


 といっても絵面が犯罪級なので、左手で彼女の手を離す。


 そしてもう一度抱きついた。


「……うん、いいね、やっぱり。琥珀の温かさがよく伝わる体位だ」


「体位とか言うな。せっかくの良い雰囲気が台無しになるだろ」


 やれ、相変わらずな朱李に呆れながらも……僕は笑った。


「じゃ、また明日にでも遊ぼうぜ」


「うん、そうしようね。楽しみに待ってるから」


 最後に手を繋ぎ、名残惜しく思いながらも手を離し、僕は帰路についた。



 家に帰り、夕飯を食べ、風呂に入り、ベッドで横になる。いつも通りの日常。


 そしてまだ朱李の体の温もりが残っている手を見つめ、幸せに満ちた状態で眠りについた――











「起きましたか? 琥珀さん」


 が、僕の上から降り落ちた。驚きで急速に覚醒し、立ち上がろうとするも……


「なっ、んだコレ」


 僕の両手両足はロープで縛られ、身動きが取れない。


 このような姿にしたと思われる犯人は、若干の狂気を感じる笑みを見せた。


「まさか再びへ訪れることになるとは、予想もしていませんでした。それは琥珀さんも同じでしょうが……一足先に目が覚めた私が、貴方を囚えさせていただきましたよ」


「なんで……なんでこんなことをするんですか。は、貴方が最も嫌っている部類に入ってるんじゃなかったんですかっ⁉」


 囚えた犯人は、スルスルと身に纏っていた服を脱いでいく。遂には美しい裸体が露わとなり、僕は思わず顔を横にそむけた。


 僕は馬乗りにされることとなり、必死に横へ向けている顔を、力で無理矢理正面を向けさせられる。ここまでずっと、僕は彼女の思うがままだ。


「……止めてください。初めての時とは違って、僕には大切な恋人がいます。こんな不義理なこと、してはいけない」


 口を三日月にした彼女は、手を頬に添えて笑う。


「何をおっしゃっているのですか? ここは夢の中ですよ。……夢の中ですから、何をしても、何が起こっても、何を感じたとしても、それは泡沫の夢なのです。貴方が心を痛める必要は無いのです。貴方はただ、天井の染みを数えているだけで……」


 マズい。非常にマズい。


 この場に朱李はいない。正真正銘、彼女と二人っきりの状況だ。


 助けも求められない……夢の中だから。


「それに元々、出るためにはいずれ行わなければならなかったこと。ならばいっその事、琥珀さんも楽しんでみては? これは夢ですから、浮気にはなりません。私と貴方の頭の中が作り出した、夢に過ぎないのですから」


 ……あ


「私はシスターに宣言しました。たとえ我が身の破滅が待ち受けていたとしても、貴方を慕い続けるのだと」



 あぁ……



「何度も言うようですが、これは夢。貴方が心を痛ませる必要は無いのです」




 あぁう……




「前回は貴方が気絶してしまうという結果に終わったようですが、今回は、そのような失態など致しません。甘露な快楽を、共に享受しようではありませんか」




















「安心してください。これはバッドエンドなどではありません。現実で貴方は熟睡しているだけであり、次に目が覚めれば朱李さんと清らかな恋人関係です」


 ……メグさん


「七日ではありませんが、一緒に過ごしましょう?」




 この、『◯◯しないと出られない部屋』を











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