返事②
なんだか頭がふわふわする。まるで夢を見ているみたい。
いや、もしかしたら本当に夢の中なのかも。共同夢というものを経験した身であるから、リアルに極限まで近づけた夢というものを知っている。だからこの今が、夢の中なのではないのかと疑ってしまう。
もし夢の中ではないとしたら、幻覚と幻聴だろうか? この暑さだし、頭が朦朧としているのかもね。
「あ……ぁ」
……頭の中で、こんな馬鹿な妄想をしてる暇ない。これが現実だってことは、私が何よりも理解っている。
理解ってるから、分からないんだ。
「本当にごめんなさい、メグの気持ちに応えられなくて」
「……いえ、琥珀さんが真剣に悩んで出した結果であれば、私は素直に受け入れます」
メグさんはそう言うが、明らかに満足していない。素直というより、彼の答えを甘んじて受け入れているように見える。
でもだからといって、彼女を軽蔑したりなんかしない。それは彼女が本気で琥珀くんに恋していたという証拠であるし、同じ人物に恋した者同士として、告白を受け入れられなかった彼女の気持ちに共感できるから。
「それで琥珀さん。私よりも言ってあげないといけないひとがいるのではないですか?」
それでもやはり、私に対して憎しみが少しも含まれていない純粋な目を向けてくれる。それがとてもありがたくて、一緒に琥珀くんを好きになったのが彼女でよかったと、心から思った。
彼はメグさんに促され、私の方を向いた。
「朱李」
「は、はいッ……」
い、今まで彼と向き合うことなんて何度もあったはずなのに、すごく緊張してる。焦って彼に告白した時でさえ、ここまで心の臓が暴れることはなかった。ここまでドッキドキしたのは生まれて初めてかも。
……え〜っと、私、汗臭くないかな?
夏だし、暑いし、少しだけ汗かいちゃってるし――
「好きだ」
「――ッ〜〜……っ! だ、誰が、誰を?」
「僕が、君を」
「……ふへ」
ヤッバイ! ヤバイやばいよやばい!
超絶、最高……そんな安い言葉では表しきれない程の幸福感がこの身体に降り掛かってくる。多幸で、恍惚で、陶酔で、もう幸せ過ぎる。
そんな感覚が身体を襲ったおかげで、とても変な声が出てしまったけど、それすら気にならないほどの感情が次々に溢れ出してくる。
……恋は麻薬のようなものだ。
だって、こんなにも人を惑わし、一度摂取すれば、気が狂うほどの幸せをもたらしてしまうのだから。
「そ、それでお前は……」
おっと、幸せの海に浸ってしまい、思わず彼への返答を忘れてしまっていた。恋する乙女として、なんたる失態。失敗を取り返すように、先程の醜態を打ち消すが如き真面目な顔で彼の目を見る。
「告白済みだけど、もう一度言うね。……私は琥珀くんが大好きです。付き合ってください!」
迸る、私の乙女パワー
最大限に放出されたそれは、彼の頬を真っ赤に染めるには十分な力だった。
「……僕からも、よろしくお願いします」
◆
これで晴れて僕と朱李は恋人同士の関係になったわけだが……これでハイ終わり、というわけにはいかない。だって隣には、僕に好意を寄せてくれていて、しかもこの告白の終始を見守ってくれていた女性がいるのだから。
「おめでとうございます、朱李さん」
「……黒咲さん」
恋敵であった二人は相対する。その目に敵意は一切含まれていないのであるが、どうしても危険な雰囲気を纏ってしまっている。浮かべる笑みも、何か裏で思考しているのではないかと疑ってしまう。
だが不安は杞憂に終わり、話しだした朱李の声音から危険性は感じられなかった。
「ごめん、なんて謝罪は言わないよ。ただこれだけは言わせて。……彼を、琥珀くんを、悲しませることなんて絶対にしないから」
身長差で朱李が見上げる形になってしまっているが、彼女は堂々とした態度で宣言する。その対象が直ぐ横にいるのですが、僕の羞恥心の行き場は何処にすればいいのでしょうか?
そんな朱李に負けじと、メグも少し視線の圧を強めて言う。
「当然です。……フラれたからといって、朱李さんと琥珀さんから離れる気はありませんよ。暫くの間、隣で見守らせていただきますから」
「ふふん、私の惚気でのぼせちゃわないようにしてよね」
「くっ、言いましたね……邪魔しちゃいましょうか、二人のデート」
「ふははは! ちょっと暗黒面を出したところで負けはしないよ、カノジョである私はね!」
……夏の暑さに負けず仲良し二人組が何かやってるようだ。特に朱李なんか、直前に恋人となった僕を放っておいて。
まぁ二人の仲が良いままで続くというのは、僕の臨んでいたことでもあるし、見ていて喜ばしい。それに仲が変わらないといっても、僕と朱李が恋人同士になる以上、メグの方にも何かしらの変化が起きないはずがなかった。逆に何も起きず、前の状態が続くのであれば、それは少し怪しい。
だから、ああやって軽く言い合っているのは、一番良い結果なのかもしれない。
朱李は結ばれたことを自慢しながらも、大事なラインは踏み越えないように少し自重し、メグは祝福しながらも、選んでもらえなかった不満を素直に吐き出している。
(なんて言うべきか……前よりも親密度高くなってる?)
僕がそう思うのも仕方がないくらいに、目の前の二人は――
「ん、大丈夫か?」
メグを家に送り、今は朱李と二人で帰路についている。
「うん、問題ないよ。メグさんが素直に感情を吐き出してくれてるから、私も変に抑えなくてもいいの」
「……喧嘩しない程度にしとけよ」
惚気、というか幸せ自慢は八分目くらいが丁度いい。今日は絶妙なラインでメグをイジっていたが、いつ決壊してしまうか……崩れた時など、想像もしたくない。
「大丈夫大丈夫。それに万が一私に何かあったとしても、琥珀が守ってくれるし」
彼氏彼女となったことで、僕の呼び名は『琥珀』になった。
「自業自得って言葉知ってるか? それは責任を押し付けてるだけだっての。誰が尻拭いなんて好き好んでするかよ」
「えっ、私のデッカいお尻を触りたいわけ⁉ や〜ん、私の彼氏ってば積極的♡」
……本気でスタイルが良くて大きいから、しかも自分の彼女だというのだから、急に欲求が湧いてくる。
「良いのか?」
「へ?」
「お前が許すなら、僕は遠慮なくお前を抱くつもりだが」
途端、らしくもなく頬をボッと赤くする朱李。どうやら攻めるのは得意でも、責められるのは苦手なようだ。
「そそ、そりゃ君に抱かれるのはやぶさかじゃないけど……急にオオカミさんになるなんて、琥珀の意地悪」
「そんな意地悪な男を好きになったのが朱李。そんな変態を好きになったのが僕だ」
「ふーん。じゃ、私達お似合いだね。……メグさんじゃなくて、私を選んだのはなんで?」
チラチラと僕の顔を覗きながら、清楚に尋ねてくる。こういう時だけ弱々な雰囲気を見せるのは、ほんとにズルいと思う。
まぁそれでも、僕は彼女を好きになった経緯を話し始めた。
「具体的に『コレだ!』ってのは答えるのが難しいな。……でも、二人と出会ったからの今までを思い返してみて、惹かれたのが朱李だった」
もっと深く考えれば、具体的に言葉にすることが叶っただろうが……今はこれでいい。完璧に伝えないからこそ、伝えられることもあるはずだ。
少なくとも、彼女は満足したようだった。見ているこちらが幸せになるほどの明るい笑みを浮かべている。
「そっか。……私、嬉しいよ。君のカノジョになれて。さっきも言ったけど、君を悲しませることなんてしない。絶対に幸せにして、私を選んで良かったんだって心から思わせてみせるから。……楽しみにしててね♡」
僕の横に伸ばされた手を、そっと握った。その手はまるで燃えるように熱かった。
僕はその熱が、夏のせいだけだとは思えなかった。
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