返事③



 ……フラれて、しまいましたね。


 いえ、覚悟はしていたのですが……いくら傷つく用意が出来ていたとしても、傷ついてしまったことに変わりありませんから。


 だから、私がこのように自室で涙を流しているのも、仕方がないことなんですよ。




「……メグ? ご飯できたから……お腹が空いたら、降りてきてね」


 ドアの向こうから、母の気遣う声が聞こえます。公園から帰ってきた際の私の顔を見て、親である母は悲しみを感じ取れたのでしょうか。事情を把握したのでしょうか。


 今はその優しさが、孔の空いた胸に響きます。母の優しさが、悔しさを余計に強めてしまいます。涙が、どんどん流れて出てしまいます。



「何が、足りなかったのでしょうか」


 ……駄目です、このような考えを持ってしまっては。


 過去の努力を理由に、選んでくれなかった琥珀さんと、選ばれた朱李さんを恨んでしまいます。恨んでしまってはいけないのに。恨むことは、筋違いだというのに。


 あ……でも今だけは本音を言ってもいいかもしれませんね。部屋に一人ですし。


 せ〜のっ



「なんで私ではなかったのですか。何故朱李さんだったのですか。私頑張りました。貴方の気を引こうと必死でした。朱李さんとも正々堂々と競いました。私は客観的に見ても可愛いと思います。性格は酷いものでしたが、最近は改善しようと努力していましたし現に効果は表れています。スタイルも良いと思います。勉強もできます。母は一会社の社長を勤めているので経済的にも支えられます。貴方を甘やかしたいのに。夢の中ですが、キスも初めても捧げましたのに。乙女の心を裏切るのですか。私を選ばなかったことを後悔してしまえばいいのに。朱李さんと共々不幸になってしまえばいいのに――」



 ぶつぶつと、見苦しく、恨み言や文句を吐き出します。


 今の醜い姿など、誰にも見られたくないです。特に、あのお二方には。


「……こういうところ、なんでしょうね」


 彼はかつての共同夢で、私のことを優しいと言ってくださいましたが……そんなことはありません。今日で、そのことがよく分かりました。


 醜い嫉妬。幸福への恨み。見苦しい懐古。情けない自己肯定。理想への羨望。






 私は真っ黒なのですよ、琥珀さん。






 これらも本気の恋心、その裏返しと言ってしまえば簡単ですが……簡単、だったのですが……そうも上手くいかないのが、現実です。


 私は彼に選ばれなかった。彼は朱李さんを選んだ。朱李さんは彼に選ばれた。


 それだけなんです。


 それだけ、なんです。


 それ、だけなん、ですから……


「――止まってくださいよ、涙なんか」








『プルルルル、プルルルル』


 何方からの電話でしょうか?


「はい、黒咲です」


『……黒咲さん? 銀城だけど」


「銀城さん……どうさなさったのですか?」


 嘘です。なんとなくの予想がついています。


 このタイミングで銀城さんが不要な連絡を取るとは思えませんし――


「いえ、私がフラれたことをお聞きしたのですよね? 琥珀さんか朱李さんの、どちらかから」


『っ! 流石、黒咲さんだね。でも勘違いしないでほしいのは、この電話はどちらからの指示で行ってるものじゃない。私が黒咲さんにかけたかったから、今話しているんだ』


 やはりですか。


「お気遣いはありがたいのですが、私はもう持ち直しました。なのでご心配いただかなくてもよろしいですよ」


『嘘だ。気づいてないようだけど、まだ鼻声だよ』


 ……本当でした。私は私の気付かないうちに、悲しさが再び襲いかかってきていたようです。


『まだ色々と溜まってるんじゃないのかい? 話すだけでも楽になるというのは、黒咲さんがいつも話していた言葉じゃないか。私で良かったら聞かせてくれないか』


 ここで断ることは至極簡単です。


 しかし、せっかく話を聞いてくださるというのであれば、遠慮なく乗らせていただきましょうか。


「おっしゃいましたね? 私の話は長くなりますから、覚悟していてくださいよ」





 こうして私は、とても長い間で話し続けました。


 恋した男性にフラれて、その悲しみを友人に聞いてもらう……これもまた、青春なのかもしれませんね。



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