返事①


 遂に夏休みが始まった。


 ある者は期待を胸に、また、ある者は自分の夢を叶えるための一歩にしようという心持ちでいることだろう。どちらでもなく、ただ気持ちの赴くままに遊びまくるというのも悪くない。本当はダメなことだが、夏休みをずっと遊んで過ごし、最終日間近で溜まりに溜まった課題を泣きながらこなすというのも、ある意味青春の一つなのだろう。



 ……だが僕は、朱李とメグに答えを言うと決めている。自分で決めたことなので守らないわけにはいかず、今も携帯片手に呼び出しの連絡をしようとしているのだ。


 して……してい……していません。はい。


 ……いや、連絡先を画面に開いてはいるんだよ? でも通話開始のボタンをタップしようとしても、いざ電話をかけようとしても、何故か指が固まってましてねぇ……突然の筋硬直よ。


 はっはっはっは。


(……すみません。ヘタレですみません。小者ですみません)


 直ぐに答えると言ったにも関わらず、ここまで答えを引き伸ばしてしまった。それでもずっと待っててくれている二人に感謝してるし、自分の想いを伝えなければならないという使命感もある。


 沢山待たせた。山程考えた。……それでやっと、自分の答えを見つけ出した。


 自分は……彼女のことが好きなのだと。彼女の方から好かれてくれているだけでなく、自分も一人の男として、彼女を好いているのだと理解した。


 だからこそ、返事が難しい。


 いや考えてみてくれ。好きだと自覚した女の子を相手に電話をかけるって、難しくないか? しかも自覚したのがほんの最近なんだ。戸惑うのも仕方がないだろう?


 なんか……メグや朱李に散々ヘタレやら言われてきたおかげで、自分自身もヘタレであると理解してしまったし、だからこそ、それを言い訳にヘタれている自分がなかなかどうして……


 ちなみに、何処かで遊びに行った最後で返事をするとかいう悪魔の所業は絶対にしない。だって断らなきゃいけない相手と楽しく遊ぶというのはこちらとして厳しいものがあるし、せっかく楽しんだのに告白を断って相手を悲しませるのも嫌だから。


 主人公とヒロインが何処かでデートした後に、主人公がヒロインをフるというラブコメのシナリオがあると思うけれど……あれは普通に悪手だと考えている。上げて下げるのは相手に酷いし……それに……


 あぁ、もう、いいや!


 勢いのまま通話をタップし、勢いでスマホを耳元に近づける。


「――――」



 今日は琥珀くんに呼ばれた。告白の返事をするのだと。


 呼ばれた場所は、高校から最寄りの公園。夏休みに高校へやってくる生徒など部活動に勤しんでいる者しかいないだろうし、人の通りも少ないと思われるので、密会の場所として丁度いい。


 前もって要件を話してくれてるところが律儀というか、琥珀くんらしいというか……知らされたことで、答えがどのようなものなのか気になって緊張してしまったのだけど。


 まぁでも、私への答えがどちらでもあろうと変わらない。彼がメグさんを選んだとしても、私は変わらず琥珀くんに悪絡みし続けるし、メグさんを友人として接する。


 それは琥珀くんもなんとなく分かってるだろうけど……彼のことだろうから変にヘタれて気後れして、告白の返事を悩んでそうだ。彼を悩ませてしまっている元凶の一つを作り出した私が言うのもなんだけど、ね。



 そんなわけで、真夏の真昼を歩いている私。公園が見えてきた。


 遠くから見た感じまだ誰も来てなさそう……あ、そんなことなかった。遊具の陰に隠れてて見えなかったけど、私以外の二人がとっくに来ていたようだ。


 一応時刻を確認したところ、集合予定時刻の五分前。つまり二人はそこそこ前から来ており、更に長い時間で待つ予定だったのだろう。なんという真面目で誠実な人柄だ。


 ……そう、二人はとってもお似合いなのだ。


 出会ってから数週間しか経っていないけれど、二人の相性がとても良いことぐらい気づいてる。


 メグさんは男子に対して非常に厳しかったけど、最近は和らいできてるみたいだし、生来優しい性格をもった女子だ。琥珀くんも、私に対しては辛辣なコメントが目立つけど、気遣いが出来て、彼にとって大切な人のことを真剣に考えてくれる。


 互いに互いのことを考えられる仲……付き合ったとしても、支え合いながら幸せを作り上げられるだろう。


 そんな二人が楽しげに話している様子を見て、嬉しいと思った。











 ……嘘だ。ホントは嫌なんだ。


 琥珀くんには私を見て欲しい。琥珀くんと付き合いたい。彼に『好き』と言ってもらいたい。


 でもその気持ちは、抑えておかなきゃいけないんだ。



「お待たせ〜!」


「お、朱李も来たな。終業式ぶり」


「うんうん、私に会えなくて悲しかった?」


「さて、じゃあ早速だけど本題に入るよ」


 華麗にスルーする琥珀くんに若干の不満を覚えつつも、彼の冷たい対応が好意の裏返しと知っているので、特になんとも思わない。それにこんなことを何度も経験してるし、今更だよ。


 彼は真面目な雰囲気を纏い始める。私もそれに呑まれ、気持ちを入れ替える。


「……まず、僕なんかに告白してくれてありがとう。二人の想いが、とても嬉しかった。それで答えなんだけど……めっちゃ待たせちゃってごめん。でも、今日、言うから」


 遂に来た。




 琥珀くんはメグさんの方を向いた。私には目もくれず。


 うん、分かってたけど……やっぱ少し寂しいね。


 でも、これで良いんだ。これで良いんだよ。


 メグさんも、琥珀くんも、どちらも幸せになれる最高の道。



 ……彼がメグさんに告白した後でも、私は変わらず生活し続ける。彼を好きで居続けるのかどうかは、まだその時が訪れないと分からないけど、私の性格的に彼のことを諦めてしまうかも。


 といっても彼への好意が消えちゃうだけで、二人への対応は変わらない。


 でもやっぱ悲しいから、今だけは文句を言わせてほしいな。


(――バイバイ)














「――ごめんなさい、メグさん。僕は貴方の想いに応えられない」


 え?


「僕は――多々良部琥珀は――朱李が好きだからです」



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