邂逅①


 母親は他界。父親は少し離れたところで働いている。そんな男子高校生の食生活はどんなものなのだろう、と考えたことがある人はいるだろうか?


 コンビニ弁当で済ます人もいれば、サボらず自炊する人もいるだろう。僕は後者。


 母の生前に教えてもらった一定の料理技術があれば、あとはネットの動画やレシピを見るなりして、プロ級でなくとも美味しい料理を作ることが出来る。野菜炒めやら、ハンバーグやら、シチューなど……揚げ物は油が危険なので作ったことはないが、いつかは試してみたいと考えている。



 さて、自炊するためには、まず食材が必要というわけで、僕は現在近場のスーパーで買い物をしている。


 流石に熟練の保護者のように毎日広告を見て割引商品を確保するといった芸当は出来ないが、それでも半額や割引の食材を出来るだけ多く購入している。ほぼ一人暮らし状態であまり父に金銭的な負担をかけたくなくてやっていることだが……何年も行っていると慣れてくるし、若干の楽しさも感じている。


 例えるなら……ゲーム内の限られた素材で最高の武器作成を目指す、みたいな。素材の節約もしたいが、相手を倒すに足る強い武器を作りたいという欲求……これに悩み果てて作った武器なら、それは素晴らしい達成感に満ちているだろう?


 つまり家庭における料理は、ゲームの側面を持っている。僕はこの数年間の生活で、そのような結論に至った。


 だがこの表現は、日々家計と格闘している主婦または主夫の方々を馬鹿にしているわけではない。寧ろ彼らは、ゲームで例え続けるならば勇者なのだ。


 ……何故か熱が入ってしまって、こんな恥ずかしい妄想をしてしまったわけだが、気にせず買い物を続けた。


 挽き肉が割引にされていたので、今日はハンバーグか炒め物か……


(卵は少し高めだから……よし、野菜を幾つか買って炒め物にしよう)


 冷蔵庫の中身を思い出し、醤油とみりんに余りがあったので簡単なタレを作ろうと考え、残り数少なくなっていた人参に手を伸ばし――


「あっ」「あっ」


 同時に手を伸ばした誰かの手とぶつかってしまった。取り合いとなってしまうが、この場は僕が大人しく引くべきだろう。隣に立っている誰かの方が、少し手を伸ばすのが早かったから。


「これ、どうぞ」


「……では、遠慮なくいただきます」


 首を横に向けてみれば、それはとても美しい女性だった。ブロンドの髪色で、外国人のような顔立ちをしている。メグのようなハーフ感はなく、どちらかといえばソフィアさんのように純粋な外国人のような風貌だった。服装が独特であるとかそのようなものもなく、普通のシャツにデニムだ。


 そんな女性に人参を大人しく譲ったお礼を言われ、彼女は会計に向かった。


 僕はほんの少しだけ、その背中を見つめていた。


 特別何かを感じたわけじゃないけれど……どことなく僕に対して敵意を抱いているような目をしていた。いや、あれは僕という特定の人物ではなく……『男』か?


 共同夢で出会ったばかりの”黒咲さん”の目に似ていた。あの経験があったから今回も具体的に言えただけで、それを知らなければ、ふわっとした表現し難い不快感を抱いただけで終わっていたはずだ。


 ……胸の中に一抹の不安を抱えながら、その晩を過ごした。




 そして翌日、終業式を迎えた。


 明日から夏休みということもあって、見るからに浮足立っている生徒が多い。それは朱李も同じだった。


「琥珀くんは、夏休みって何か予定あるの?」


「ん〜……真ん中あたりで一回帰省するくらいで、あとは長期課題とゲームかな」


 基本的にはそのような生活を送るつもりだが、時折朱李達を何処かに遊びに行かないか誘うつもりである。双方にもあらかじめ設定した予定があるだろうが、運良く噛み合えば行けるかもしれない。


 まぁこれを回避するためには、今日この時点で約束を立てておくのが一番良いのだろうが……朱李相手に、僕は敢えて自分から誘わない。自分から誘えば目の前の女子が調子に乗りまくるということを知っているから。


「……ふ〜ん、そうなんだ。……ホントにそれだけ?」


「それだけだが?」


「……誰か誘ったりは?」


しないな」


「そ、そうなんだ……そういえば私、告白の返事がまだなんだけど」


「で?」


「……琥珀くんの意地悪。鬼畜。馬鹿」


 馬鹿は蛇足だろうに……


「はいはい。ちょっと意地が悪かったな。……二日目の予定って空いてるか?」


「ッ! うんうん! 空いてる!」


 途端にふくれっ面を笑みに変え、心から歓喜しているように思える。ここまで喜ばれるとは、予想外だったんだが……


「実は、メグにも空いてるか確認済みだった。お前が空いてるって言ってくれたから、約束成立だな。詳細は後で送っとくから、楽しみにしててくれ」


「うん! ……うぇへへ、琥珀くんと二回目のデートだぁ」


 朱李が顔を溶かすかのような笑顔を浮かべている。僕達とのお出かけを、本気で楽しみにしている。こころなしか、僕も彼女に当てられ気分が高まってきた。


 でも――




 ――僕は彼女を、悲しませることになるかもしれない



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