責任③
席に戻ってみれば、何故か上機嫌なソフィアさんと、少しだけテンションを低くしたメグがいた。自分の居ない間に何が行われていたのか……怖いので、敢えて考えないでおこう。
「ふふ、ごめんね? わざわざ席を外させちゃって」
「いえ、それは構わないんですが……メグさんは、その」
「うふふ」
「いえ、なんでもありません」
時計を見れば、店に入ってから三十分ぐらいの時間が経っていた。……そろそろ訊こうかな。
「あの、ソフィアさん」
「何かしら?」
「僕のことを責めないでいただけるのは、ありがたいと思っています。でも、その件で銀城さんに責任が移ってしまうことはありませんよね」
「……あぁ、周ちゃんのことね」
確か、銀城さんはソフィアさんからボディガードの仕事を任されていたはずだ。結果としてメグの身に害はなかったとはいえ、僕という男を近づけることを許してしまった。
僕はそのことについて、彼女は悪くないと考えている。仕事をきっちりと果たせなかった事実は確かにあるかもしれないが、だからといって銀城さんが責められるのも違う。彼女は彼女なりに、自分で判断して僕を信用してくれたのだから。
だから、銀城さんが責められることだけは避けたかった。
「お願いします、銀城さんは――」
「大丈夫。周ちゃんを責めるようなことはしないわ」
「そうですか……」
「もともと私が無理を言って頼み込んだことだし、彼女はまだ学生よ。契約、というより約束だけれど、それを守らなかったことに言及するつもりはないの」
ちらりとメグを見てみれば、少し口角が上がっていた。ソフィアさんがここに来る以前に、銀城さんを庇うようなことをしていたのだろうか。だとすれば、メグに感謝しなければならないな。
とにかく、自分の懸念事項が杞憂に終わって良かったよ。
その後は軽い食事を取りながら、これまでのことについて詳しく話していった。離して良いのか迷う度にメグに確認を取ったので、彼女の母親として過剰に気にするような情報は、出来るだけ伝えないでおいた。
本当は全て余すこと無く明かした方が良いのだろうが、敢えて秘密にしておくことも大切なのだ。……メグと朱李も、自分達の記憶の中だけに留めておきたいこともあるだろうし、ね。
そして、大体満足したようなソフィアさんを確認し、その場で解散となった。
「あ〜あ゛〜」
序盤の緊張で精神的な疲れが溜まっていたので、家に帰るとすぐに寝てしまった。その前に残った緊張を吐き出すために汚いため息をついてしまったけれども。
翌日、すなわち明日に終業式を構えた日。
昨日の顛末を朱李も共有しておく。といってもソフィアさんの性格や内情を聞いていたため、そこまで心配はしていなかったようだ。
「ま、君がメグさんのお母さんに怒られたところで過去が消えるわけなかったし。それにメグさんとのキスや処女を奪ったのも、あくまで夢の中でしょ? 共同夢の話を信じる人なら、夢の中の話なんだって断じるんじゃない?」
「そう、だよな。確かに気にしすぎだったよな」
「そうそう。男子高校生なんてそんなもんよ。性欲を楽しんで、でも色々悩んで、それでもやっぱり自分の思い出に昇華するのが青春だよ」
「タメに男子高校生の青春を語られても」
というか色々と偏見が過ぎる。大抵の一般男子高校生はもっと健全にやってるはずだ。……まぁ自分も語れるほどの立場じゃないけど。
「今更なんだけど、現実で私、君に処女あげれてないんだよね」
「だからなんだ」
「今日、両親が家に帰ってこないんだよ。寂しいなぁ……誰かの肌の温もりを感じたいなぁ……」
「メグを家に誘ったら?」
「あっ、それ良いね。じゃあ早速……って、ここは君が夜通し私と――」
「しないよ?」
下手なノリツッコミで夜を誘われても、首を頷こうにも頷けないわ。いや縦に動かす気もハナからないのだが。
「むー……やっぱりメグさんとの二人がかりで、それも猛烈に可愛い衣装で誘惑しなきゃダメかぁ。あのときもそうだったしね♡」
「うっ」
二人に倒れ込む直前までの記憶は残っているため、そこはバッチリ覚えちゃってるんだよな……そうだよ、ソフィアさんとの面会で一時的に忘れちゃってたけど、自分はまだ二人の告白に答えれてないんだよ……
いやもう、ほんとどうしよう。自分は本来選べる立場にいる価値が無い人間なのに……一人に告白されるだけで十分な人間なのに……どうしてこうなったんだろうなぁ。
メグを襲うことがなかった自分のヘタレさが、今となっては恨めしいよ。
――でも、ちゃんと答えは出さなきゃいけないよな。
しっかりと二人の告白、想いに向き合って、自分なりの結論を伝えなければならないんだ。少なくとも、自分にはその責任がある。
ちょうど、明日は終業式で、明後日から夏休みだ。
(夏休みの始めの頃に、二人を呼び出して……そこで、自分を伝えよう)
これが、ヘタレな多々良部琥珀という一人の男が悩んだ果てに思い至った決断だ。
泣いても笑っても、そこが終着点。
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