責任②


 急いで『Anmut』に向かえば、既にメグと彼女の母親らしき人物が席についていた。僕の存在に気付いたメグがこちらに来いと手振りで示してくる。店員に説明し、僕もその席へと移動した。


 メグの母親はとても美人な方だった。メグと似た方向での顔立ちで、違う点を挙げるとするならば髪の色か。メグは黒寄りの金髪だが、母親は明るい金髪だ。


 そんなメグの母親が僕にちらりと視線を向けると、ややキツめの口調で言う。


「あなたが多々良部琥珀くんね? 反対の席に座って」


 言われた通りに座る。……初めて会う大人、それもメグの母親だというのだから、緊張しないわけがない。体は強張り、メグもそれを感じ取っていた。


「こ、琥珀さんは急いで来られたようですし、まずは飲み物を頼んでおきますね。何が飲みたいですか?」


「あ……じゃあアイスコーヒーをお願いします」


「分かりました、アイスコーヒーですね」


 メグが店員を呼び、僕の注文であるアイスコーヒーを含めた幾つかの飲み物をオーダーする。……メグの努力によって、少しだけ緊張がほぐれた気がする。まるで日常のようなやり取りに安心感を覚えた。


 改めて、メグの母親と相対する。


「はじめまして。メグさんからお聞きしていると思いますが、多々良部琥珀です」


「こちらこそはじめまして。メグの母親のソフィア・黒咲よ」


 強い眼光で僕を射抜く様子は、まるで出会った初期のメグを思い出させる。この世の全ての男を信じず、敵意を抱き、近寄らせもしなかった、あの頃のメグを。


「早速で悪いのだけれど……君からも一連の流れを説明してくれないかしら」


「『君からも』ということは、既に共同夢の話はメグさんから聞いていらっしゃるのですか?」


「えぇ、そうね。誠に信じがたいことだけど……だから多々良部くん、あなたからも聞いておきたいのよ」


「……分かりました」


 僕からソフィアさんへ、共同夢についてざっくりと説明した。センシティブな内容は彼女の母親に話せないので、そこは申し訳なくカットすることにしたが……ソフィアさんの言う一連の流れを話した。


「――というわけです」


「そう、なのね……」


 ソフィアさんが険しい表情を見せ、考え込む仕草をとった。……この間が怖いんですけど。次に何言われるか恐ろしいんですけど。


 後手に回ると嫌な予感がしたので、先手を打つことにした。


「あの……信じれないことかもしれませんが、確かに僕達の記憶にはあるんです。メグさんとの七日間が。そして、娘さんに悪い影響を及ぼしてしまい、申し訳ないと思っています。どんな叱責でも受け入れる心づもりです」


 覚悟を持ってソフィアさんに僕の意志を伝えた。視界の端でメグが頬を赤く染めている。恥ずかしい台詞と気付き段々と羞恥が湧いて出てくるが、ぐっと我慢して抑え込む。


 ソフィアさんは顔を上げ、僕の目を見る。




「娘の話とも合致しているし、あなた達の言う共同夢について信じるわ。……そして何か誤解しているようだけど、別に多々良部くんを責め立てる予定など無いの」


「えっ?」


 てっきりメグの男嫌いを若干変えてしまったことに対して追及されると思っていたのだが……だってそうだろう? 愛する娘が男に襲われかけ、その『男』を娘に近づけないように育ててきたんだ。客観的に歪んでいるように思える教育方針だが、メグの事情を考えると妥当な方法だったのだろう。


 それを精神時間で七日間、現実時間で一晩……そんな短い間に、見知らぬ男によって変えられてしまった。てっきり、そのことに憤慨しているとばかり……


 ソフィアさんは穏やかな表情で言う。


「多々良部くんはメグの過去について知っているのよね。……確かに、私は娘に男を近づけないように育ててきた。でもそれは、全て娘が傷つかないようにするためなの。決して『男』への恨みが原動力ではないわ」


「あ――」


「あなたと知り合ったことで娘が害されるようなことがあれば、君の想像通りに激怒していたと思う。でも実際には、あなたと出会ったことで娘は成長できた。そのことは素直に感謝しているのよ」


 勘違いしていた。ソフィアさんが、過去に娘を襲った『男』を嫌っているから、近づけさせないようにしていたのだと。


 でも違ったんだ。ソフィアさんの根底にあるものは、全て娘への愛情。


 娘を愛しているからこそ、これ以上男に汚されたくなかった。


 娘を愛しているからこそ、男を近づけさせたくなかった。


 全て娘を想ってのこと。恨みじゃなかった……愛だったんだ。


「君と出会って、娘は人を選んで男の子と出来る限り会話をしようと試みている。……これは立派な成長よ。ありがとう、多々良部くん」


「……いえ、僕は特に何もしていませんよ。メグさんが変わったのは、彼女の優しさ故にです」


「そんなことないと思うわよ? 親から見て贔屓無しで綺麗な娘だと思ってる……そんな娘を二人で部屋に閉じ込められ、七日間も我慢したのだもの。あなたの優しさも、娘から十分に伝えられたわ」


「……お母さん、黙っていれば話し過ぎじゃないですか」


「あら、嬉々として共同夢について語っていたのはメグじゃない」


「……確かにそうですが」


(……言い負かされるメグって、なんか新鮮だな)


 そんなことをぼんやり考えていると、一つ疑問が解決していないことに思いつく。


「えっと……では僕を呼び出した理由って、共同夢について聞くためだけだったんですか?」


「違うわよ?」


「違ったんですね」


 ここでソフィアさんが再び顔を険しくする。その眼光に、僕の体は固まった。


「本題はね……メグがあなたに寄せる好意についてよ」


「お母さん⁉」


 途端、メグが驚いた表情を浮かべる。この様子だと、今話している内容は予定になく、ソフィアさんの独断ということだろうか。


 というか、話す内容のせいでシリアスさんが何処かに飛んでいってしまったんですがそれは。


「娘が好きな人なんて、母として興味を抱かないわけにはいかないわ」


「琥珀さん、少々席を外していただけますか? 母とオハナシをしないといけないので」


「っ、あ、はい」


 有無を言わさぬ視線に気圧され、自然と席を立ってトイレに移動した。元の席をちらりと見てみれば、母に不満を伝えるメグの姿が。




 ……なんか、気が抜けた。


 てっきりソフィアさんに叱られるとばかり考えていたので、ほっとしたというか、呆気ないというか……いや穏便に事が済ませる方が良いんだけどね?


 それにしてもソフィアさんが優しい人で良かった。最悪の場合、軽蔑されて二度とメグに近寄るなと言われたのかもしれないし。


 この優しさは……やはり娘さんにも受け継がれていたのか。


 思えば、僕の周りは心が優しい人ばかりだ。改めて僕の置かれている状況に感謝できた……そんな出来事だったと、今なら思えるよ。



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