再来
懐かしい匂いがした。無機質な匂いだ。まぶたの間から差し込んでくる光も、どこか見覚えがある。
そしてゆっくりと、目を開けて――
「は?」
――仰向けになって寝ていた僕の両側に女子が二人いた。しかも、両者ともに僕の知り合いである。付け加えると、二人から恋愛的な好意を抱かれている。
はい黒咲と朱李です。
「えっ……え?」
朱李は僕の手に頬ずりし、気の所為かゴロゴロという音も聞こえる。とてつもない猫感だった。……柔らかいほっぺのもちもちとした感覚が、僕の心にダメージを与えてくる。そして出来るだけ考えたくないが、肘のあたりにもっと柔らかくて大きいものが押し付けられている気がした。
黒咲は僕の腕を枕代わりにして熟睡している。腕はそこまで重くないし痛くないのだが、彼女の寝顔を間近で見ることで心が苦しい。本人の知らないところで無防備な寝顔を拝見してしまうというのは、申し訳無さが凄いから。
「や、やばい……」
状況の異常さもそうなのだが、二人に手を奪われているせいで逃げられないことの方がやばい。今二人に起きられたら絶対怪しまれる。それを回避するためにもこの場から離れたいのだが、不可能なのだ。
上手い具合に手を抜き出せないか試みるも、ピクリと動いた黒咲にビビって止めていしまった。それ以上動きようがなく、僕はその時を待つしかなかった。
そしてその時が訪れる。
「ん……」
「う〜ん……」
何の偶然か、二人が同時に目を覚ます。僕もやっと手を抜き出すことが出来たが、それ以上に状況がよろしくない。
「あれ、多々良部くんと……ベッド。私も上にいる」
朱李は呟くと、僕の目を見てキョトンとした表情で更に言う。
「あ、そっか……私、君に処女を捧げれたんだね」
「違います」
「そんな! 私の隣で何をしていたというのですか!」
「黒咲は混じってこないで下さい話がややこしくなるんで」
勝手に妄想を膨らませる朱李、誤解を進める黒咲。……あぁ面倒くさい。
「取り敢えず、状況確認と行きません?」
僕と黒咲は椅子に座り、朱李はベッドに座っている。普段は布団で寝ている朱李にとってベッドは経験が少ない物であるらしく、興奮して上で跳ねていた。
そして彼女の豊かな双丘も身体に合わせて大きく揺れてしまっているため、非常に目に優しくない。出来るだけ意識しないようにしつつ、軽く話し合ってまとめたことを確認する。
「――で、ここはまた共同夢の中ってことですよね」
「はい。私達は再度この部屋に閉じ込められてしまったようです」
「あ、私もいるよ〜」
朱李は元気に手を挙げた。今は彼女のポジティブがありがたい。
密室に閉じ込められてしまった僕達であるが、僕と黒咲は既に経験済みであることに加え、いつもと変わらない朱李の態度に和まされ、緊張感を抱かずにいれている。
「ま、前回と違う点と言ったら何故か朱李がいるくらいですかね」
「そうですね。一応、食料などの生活必需品が三人分に増えているようですが」
部屋は前回とあまり変化がない。開かないドアも、生活に困らない設備も、馬鹿みたいに大きいベッドも変わり無し。寧ろあまり変化が起こっていないことで、経験を用いて落ち着いた生活を送れることだろう。
「……ちゃんとありましたね、この紙」
僕は視線を落として見たのは、やはり机の上に置かれていた一枚の紙。ここも前回とあまり変化がないのだが――
「七日間で出られるという文言が見当たりませんね」
――今回は、時間制限が書かれていなかった。
この部屋が夢の中の出来事であると自覚したから起きた変化なのか、またはもっと単純に、これが二回目だからなのか……考えても分からないので、この件は一旦置いておこう。
文字に指を這わせていく黒咲。最後辺りの文を指さした。
「しかし”◯◯しないと出られない”という部分に変わりなさそうですし……またキスをすれば出られるのではないでしょうか?」
「えっ、二人ってキスしたの?」
「あっ」
あっ……黒咲がやらかした。
この部屋から出た際に、黒咲が寝ている僕にキスをした……その事実は僕達だけの秘密であったはずなのに、彼女が秘密をうっかり漏らしてしまった。その言葉に敏感に反応した朱李は、目のハイライトが消えていく。
「私がしたかった多々良部くんのファーストキス、奪われちゃってたんだ……」
「いやいやいや! 夢の中! 夢の中での出来事だから!」
「でも、君の記憶の中ではファーストなんでしょ?」
「うぐっ」
咄嗟にフォローするが納得させることが出来ず、逆に正論で追い詰められた。
黒咲に助けを求める視線を送ると、暫くの目を閉じて考え込んでいた黒咲が遂に目を開ける。そして口を開けた。
「西宮さん。多々良部さんと口づけを交わしてくれませんか?」
「え、僕の権利は」
「……うん、二番目だけど、やっぱり多々良部くんとキスしたいよ」
「いやちょっと待て」
僕の理解の外で、二人がどんどん話を進めてしまっている。気付けば、僕と朱李がキスをして共同夢から脱出しようという話に収まってしまった。
「多々良部くん……シよ♡」
艶めかしい声で僕に近づいてくる朱李。彼女の熱っぽい目に囚われ動けずにいた。この狭い部屋の中じゃ逃げられるわけもなく、僕はやられる覚悟を決めた。
「あ……」
黒咲の時は、完全に僕の意識の外であった。寝ている隙に奪われたと言っていいような形だったし……というか、これこそ朱李から教えられた”寝取り”というものじゃないのか?
「んっ♡」
僕が現実(夢)から逃げている間に、事は終わっていたらしい。柔らかな感触の跡を唇に感じながら、呆け続ける。
そっと目を開けてみれば、朱李が満足したかのように、頬を真っ赤にして微笑んでいた。それと対照的に険しい顔つきの黒咲が朱李の背後にいることが気がかりだが……取り敢えずこれで部屋から出られるはず。
さっきのキスや、今後のこと。そういった面倒事は、出てから考えればいい――
「……」
――あの、いつ出られるんですかね。
僕だけでなく黒咲も困惑していた。朱李はキスの余韻に浸っているようだけど。
「えっ、何故……私の時は直ぐに覚醒したのですが」
「……考えられる原因としては、”◯◯”の内容が変わった、とかですか?」
「そんな……」
これから黒咲と朱李の攻め合いが始まると思ったか? 残念、あの七日間で終わりじゃなかった。
だってほら、言っただろう。
――地獄はこれからも続くんだって
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