告白②
「……黒咲」
僕が彼女の気配に気が付いたのと同時に、彼女はこちらへゆっくりと歩き始めた。その間も表情は変わらず、無表情。後ろや近くに銀城さんがいない様子を見るに、銀城さんと別れた後でモールまで引き返してきたようだ。
……だが、何故ここだと分かったんだ? 息を切らしてもないし、疲れているようにも見えないのに。
その答えは、直ぐに黒咲が答えてくれた。
「やはり、ここにいましたか。……西宮さんならば告白する際にこのような場所を選ぶであろうと検討をつけて訪れてみましたが、どうやら的中したようですね」
「……マジか」
改めて、マーガレット・黒咲という人間の能力の高さに驚かされる。『西宮朱李ならばこうするだろう』という推測だけで、見事に僕達の居場所を当ててしまったのだから。
いや、これは僕達が一定の交流を持っているからこそ次の行動を予想できたのだろう。まだ一ヶ月程度の仲でしかないが、その絆が無ければ黒咲といえど、ここに来ることは叶わなかったかもしれない。
ただ、今はその絆や仲とやらが恐ろしく怖いが。
「……」
「……」
朱李と黒咲は視線を合わせ、しばらくそのままでいる。完全に僕が置いてかれているが、何かを言い出せるような状況じゃなかった。
この沈黙を破ったのは、来訪者である黒咲。
「それで今は、前ですか? それとも後ですか?」
「後だ」
返事をしたのは僕だ。ここで話に参加できなきゃ、二人だけで進んでしまうそうな予感がしたから。
黒咲は僕の回答に一瞬だけ心揺らされた様子を見せたが、すぐに平静を取り戻す。
「そう、ですか。……これはつまり西宮さんに抜け駆け、いえ、先を越されてしまったということでよろしいですか?」
黒咲の問いに対して朱李は小さな頷きで返す。
「うんまぁ、そうだね」
(いやノリかっる)
「……多々良部さん」
名前を呼ばれ、黒咲の方に体を向ける。なんとなく予感がした。
「……奇妙な出会いだったと、思います。最初の印象は互いに最悪でしたし、貴方に酷い言葉をかけてしまった罪悪感もまだあります」
朱李は覚悟していたのか、何も言わず、黒咲の言葉を黙って聞いていた。
「それでも! ……私は、貴方が好きです」
「……」
あぁ、いざ言葉に表されると怖気づいてしまう。”◯◯しないと出られない部屋”から出る時に僕へキスした、という彼女の告白を聞いた時から気持ちの準備はしていたつもりであったが、どうやら多々良部琥珀は十分に覚悟できていなかったらしい。
こんな綺麗なひとが、心優しいひとが……僕に好意を抱いていくれているという事実よりも、そんな彼女に告白されている状況だからこそ、畏れの方が強く出てしまう。
「貴方が誠実であろうとしてくれたから、私は傷つきませんでした、救われました。……そんな多々良部さんが、私はどうしようもなく好きなのですよ。好きだから、もっと貴方に近づきたいのです。……お付き合い、していただけますか?」
ははは……自分はもしかしたら、明日事故にでも遭うのかもしれない。一日の間に素敵な女子二人から告白されるだなんて、物語の主人公でもない僕に釣り合うはずがない。いずれ近々揺り戻しが来るだろう。
――そんな考えに至るくらい、僕の頭の中は空っぽだった。……いや空っぽという表現は正しくないな。二人の告白に脳を占拠されたという言い方のほうが正しいかもしれない。
そして例の二人は特に示し合わせたはずもないのに、約三十センチの幅で横に並び、僕に詰め寄ってくる。じりじりと距離を詰められるが、ここで後ろに逃げることも出来ない。
ここで逃げれば、絶対に社会的に殺される。ただでさえ美人で人気のある二人から告白されたという事実が叡蘭生徒には受け入れがたいことなのに、ましてそれから逃げようものなら男子女子関係なく石を投げられる。
遂に僕の背中が手すりにぶつかり、逃げ場さえも無くなった。好機とばかりに距離を更に詰められ、もはや僕の胸に寄りかかっているような体勢となった。
「私と黒咲さん、二人の告白を受けて――」
「――どちらを、選んでくださるのですか?」
……そんなの、選べられるわけない。二人とも大切な友達だ。ここで僕が一人選んだとして、この三人での関係が終わることはないと信じているが……それでも言外の気まずさは残るだろう。それが積もりに積もって亀裂が入る可能性も捨てきれない。
期待する二人の視線が痛い。この状況が憎らしい。過去にもっと良い選択を行えなかった自分が恨めしい。
答えられないことが、心苦しい。
迷いに迷った僕が出した結論は――
「ごめん。やっぱり今は無理だ」
――保留。朱李との言葉を、そのまま貫き通した。
朱李の情熱が籠もった目を見て言う。
「朱李。……やっぱり待たせることになりそうだ。でも必ず、答えを出すから」
黒咲の透き通った目を見て言う。
「黒咲。……僕にとって、二人共が大切な人だ。だから今直ぐには選べないよ。決断力のない僕だけど、どうか返事を待っていて欲しい」
肩を軽く押して二人を離れさせる。そしてそのまま自然と僕は頭を下げた。
「……」「……」
朱李も黒咲も、何も喋らない。その沈黙が酷く恐ろしかったが、踵を返して立ち去る様子もなく、その事実が唯一の救いだった。
「……いいよ」
静寂の後に告げられた朱李の声を許しと受け取り、ゆっくりと顔を上げた。すると二人の微笑みが見える。
「勝手に告白したの、私達だし。急に告白して、君を混乱させちゃったの私達だし……だから待つよ」
「私も西宮さんと同じ気持ちです。先に告白なされた彼女に負けじと私も想いを告げてしまって……貴方が悩んでしまうことは分かっていたはずなのに、それでも我欲で言葉を口にしていました。多々良部さんが頭を下げるようなことではないのですよ」
そう言って黒咲は、僕の片頬に手を優しく添える。
「あっ、ずるい。私も」
もう片方の頬を、朱李が手を添えた。
どちらの手も温かく、現実に黒咲と朱李が目の前にいるのだと……本当にこの二人から告白されたのだとう意識がはっきりと現れる。
(まるで両サイドからビンタされてるみたいだな……)
そんなくだらないことを思いつくくらいには、心が落ち着いてきた。そして落ち着いてきたということは……この状況が、ものっすごく恥ずかしいって自覚してしまうということ。
「いやあの、流石にこれは恥ずか死するんで」
なんだかまるで赤ちゃんをあやしているようにも見えてきて耐え難い。添えられた手をそっと握り、頬から離れさせる。
「……もうちょっと、かわいい多々良部くんを堪能したかったのに」
「えぇ。好きな人の意外な一面を知ることが出来て、もっと興味が出てきました」
「もう二人共、自重しなくなってきたな……」
その後、日が丸ごと地平線に沈み込んだのを確認し、今度こそ解散した。途中まで二人を送り届け、僕も我が家に帰り、寝る支度をする。
ベッドで横になると突然疲れが襲いかかり、まぶたが段々と閉じていって――
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