告白①


 情報量過多、または飲み込めない状況に陥ったとき、”頭の中が真っ白になった”という表現が使われる。今の僕は、まさにそれ。この場合は後者だが、どちらにせよ頭の中が真っ白になったという事実に変わりない。


 それでもどうにか、言葉を引き出した。


「あ……え……それは、どういう意味での」


「それ、聞く?」


「あーいや、うん、分かった」


 夕日をバックに、異性から、真剣な表情で『大好き』と言われる。その意味を理解できないほど愚かじゃない。ましてこれ以上無理解を貫き通すものなら、それは彼女の気持ちを侮辱することだ。


(分かったからといって、この後をどうするべきか思いつかないけどね)


 動きを見せない僕の代わりに、朱李が話し始めてくれた。その表情はどこか吹っ切れたような、見ている方が清々しくなる笑みだった。


「私、知ってるよ。黒咲さんの気持ちのこと。君も知ってるんでしょ?」


 ここで言う気持ちとは……十中八九、好意のことだろう。それも親愛ではなく、恋愛での。


 面と向かって言われた僕が知っているならまだしも、親しい間柄とはいえ交流期間が短い朱李が知っていた。黒咲が分かりやすかったのか、または僕の態度から読み取ったのか。はたまた――


「面倒だから言っちゃうね。私と黒咲さんは、互いに多々良部くんを好き同士。だからライバルでもあるし、仲間でもある」


 あぁ、薄々感づいていたが、やはり黒咲と朱李が裏で繋がっていたというのは本当だったらしい。ただし目的が僕であることが理解し難い。


「そんな黒咲さんに嘘ついて、君を引き止めて、こうやって告白してる。その意味、分からないほど君は馬鹿じゃないでしょう?」


「……大方、焦って予定外に告白したってとこだろ」


「え、なんで分かるの。気持ち悪いんだけど」


「訊いたの朱李なんだが⁉」


 ピタリと当ててしまった僕は、朱李から見下すような目で見られる。人に察することを強制しておいて、なんて言い草だ。……ここが告白の場面だなんて思えない空間が広がってるぞ。


「まあ冗談はこのくらいにして……ここから本気」


「っ!」


 違う意味で目の色を変えて、再び真剣な表情で僕と向き合う朱李。その態度にあてられ、僕も自然と体に力が入る。


「私は多々良部くんが好きだよ。これからは恋人として付き合って欲しい」


「そ、れは……」


 返事に困る。青天の霹靂の如き告白であったし、それに彼女と僕は――


「――うん。やっぱり、今までお友達として見てた娘を急に恋愛対象として見なすのは難しいかな?」


「まぁ、少しは……」


 朱李も分かっていたらしい。彼女の言う通り、突然に想いを告げられてどうするべきか頭がこんがらがっていた。朱李の想いも、今後のことも……色々と熟慮すべきことが多すぎて、直ぐに返事はできなかったんだ。


(というか自分の心が赤裸々にバレているのは中々恐ろしいものがあるなぁ)


 朱李は顔を俯かせて上目遣いになるも、しかしその目は諦めていなかった。その目に射抜かれ断りきれず、断れもせず……僕は感情に流されるままなぁなぁの言葉を口にした。


「……悪い、今は返事が出来ない。でも、絶対に答えを言うから」


「酷いね。告白した女の子を生殺しで待たせるだなんて」


「そんな酷い男な僕を好きになってよかったのか? 人気者のお前なら、もっと良い人くらい――」


「たたらべくんサイテー」


「唐突な罵倒⁉」


 先程まで熱が十二分に籠もった目線を送られていたのだが、今は軽蔑されている。落差がエグい。


 朱李は大きな溜め息をつくと、僕にズカズカと近寄り片手で襟を掴み顔を寄せてくる。身長的に僕の襟が引っ張られる割合が多く、現在進行系で姿勢を崩してしまっている状況だけれども。


「君はそっけないし、時々冷たい時もある。でも私はそんな多々良部くんを好きになったの。……焦って告白した私を馬鹿にするのはいい。けど私が好きになった君を、君自身が否定しないで」


「……わ、わかったよ」


 確かに、僕の先程の発言は彼女にとって良くないものだった。今の自虐は、焦燥も混じっていたとはいえ確かな勇気を持って想いを伝えてくれた朱李も傷つけてしまうようなものだ。


 非を認めた僕に満足したのか襟を優しく離し、再び綺麗に整えてくれる。


「……なんか今の私って、夫の襟を綺麗にする新妻感あるよね」


「ここからは真剣って言ってなかったか?」


「じゃあここから、君へのからかいも交えるってことで」


 朱李は一歩下がり、ニヤリと粘度が高く、しかし晴れやかな笑顔で背伸びをする。


「う〜ん……いやぁ、長年の想いを伝えたら心が凄いスッキリしたよ」


「長年ってお前なぁ……」


 初めて会ってから数ヶ月しか経ってないんだぞ? 長年と言うには、かなり短すぎる。


「体感的には長年だったの! 身体で誘惑したりとか、ハニートラップとか、勇気出して逆セクハラとか……色々やったのに、君が全く気付かったからね」


「あ、ソウナンデスネ」


 水着事件(仮称)での朱李の言葉、『君は気付かないふりをしてる』。あれは朱李への好意に気付こうとしない僕の態度への不満を表していたのだろう。


 ……確かに、朱李が僕に恋愛感情を抱いているという考えを、頭の中から捨てていたのかもしれない。朱李は素敵な友人であるし、僕が変に勘違いして彼女との友情を壊してしまうことを恐れていた節がある。


 ”朱李はもしかしたら僕のことが好きなのかもしれない”……そんな思いを、無意識のうちに脳内から排除していたのだ。


「ほら、私って不器用だし? エロいし? 多々良部くんを堕とすためにはハニトラしかないかな〜って」


「自分で言うな自分で」


 というか攻め方が極端すぎんだよ……いや確かに、彼女のとった行動の幾つかは心揺さぶられたが。


「じゃあ、どうか私の想いを前向きに検討して下さい」


 何処か事務的な言葉を述べた朱李は、綺麗なお辞儀をする。腰を曲げ、頭を下げられている。


「……顔を上げてくれ。というか君が頭を下げるようなことじゃ――」


「そういうことなんだよ。今の私の立場だと」


「は?」


 朱李の言葉を怪しんだ僕はそのことについて指摘しようとするも、彼女が上げた手によって遮られる。彼女の手が示す先へ目を追ってみると――


「……黒咲」


 朱李の言うライバルが、感情の読み取れない顔で悠然と立っていた。



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