デート?⑥


 アイス店でばったり会った僕達は、今更何も見なかったことになど出来ず、流れで相席することに。


 結果として見れば良かったとはいえ、僕と朱李は黒咲に騙された身である。故に黒咲が僕達の顔色を伺っているのも当然のことだ。


「いやあの、朱李も怒ってなんかないですよ?」


「うんうん。というか私達のつまらない喧嘩に巻き込んじゃったっていう感覚だよ」


「いえ、私が巻き込まれたと言うよりも、私が巻き込んだ側と言いますか……気にしないでいただけるのはありがたいのですが……」


 ここで黒咲は頭を抱えて机に突っ伏す。その背中を優しく撫でている銀城さん。学園でもトップレベルに人気がある二人のこのような絡みは、全生徒にとって需要しか無いだろう。


「ふふ、これは今書いてる小説のネタになりますねぇ」


「黙ってろ変態」


 こんな状況でも変わらない朱李にツッコミを入れつつ、視線を黒咲に戻す。彼女はメンタルが多少は持ち直したのか、背中の角度が少し上がっていた。


「あぁ……二人を思っての行動でしたし、結果論で言えば完璧でした。……ですが今思い返してみれば、なんて恥ずかしい行動を!」


 手を組み、天を仰いで嘆く黒咲の姿はまさに聖女。……いやこの人が聖女感を出すときって、殆どが奇妙な出来事なんだけど。


「違うのです! あの時は、その、何か役に入り込んでしまったと言いますか……まるで本の中の主人公のようだと勘違いしてしまったのです! 裏で多々良部さん達のために動く、主人公のような……」


 ん〜これって、厨二病にベクトルが似てる感じ? 自分が無意識の内の行動を、後に急に恥ずかしくなって悔やむ、っていう”あれ”か。


 厨二病……自分は丁度その頃母親を亡くしていたので、厨二病にかかるような精神状況ではなかった。だから酷い経験をしたというわけではないのだが……何故か、今の黒咲の心情が理解できる。


 そして後悔真っ最中の黒咲を見ると、自分も胸が痛くなってくるんだけど……なんでだろうな。もしかすると、男子高校生の性なのかもしれない。




 その後、嘆く黒咲を三人で慰め、なんとかいつもの精神状態を取り戻した黒咲。まだ日は傾いていないので、今からでも四人で遊べないこともない……のだが、今日はここで解散することに。情緒不安定気味の黒咲を労るためである。


 朱李も沢山遊んだことで十分に満足しているらしく、銀城さんから出された別れの挨拶に対して嫌な顔一つ見せなかった。


 本来の予定をすっぽかした埋め合わせを必ずすると約束し、黒咲と共に帰っていった銀城さん。……なんだろう、彼女が黒咲の保護者のように見えてくる。言ったら怒らせそうなので、絶対に言わないけれども。



「じゃ、僕達も帰るか」


「……」


 動こうとしない朱李は、顔を下に向けて俯いている。


「どうした?」


 僕が声をかけると、彼女はその小さな手を伸ばし、僕の袖を掴む。


「ん、また手か」


 一度経験すると次は案外すんなりと出来るようで、微小の羞恥を押し殺して彼女の手を握った。そのまま歩こうとすると、引っ張って戻される。


 彼女は動こうとしなかった。顔を上げて、僕の目を見て言う。


「ごめんね……少しだけ、あと少しだけ付き合ってくれないかな?」





 最初は、からかってやろうって考えただけなんだよね。隣の席の子が面白そうで。


 でも最初から私の本性を見せる気は無かったし、見せたところで受け入れてもらえると思わなかった。だからいつも通り、心に仮面をつけて交流してた。


 で、段々と仲良くなってって……あれ、これもしかしたら心の汚い所を見せても受け入れてもらえるんじゃないかなって、ふと思ったの。すると直感の通り、彼は受け入れてくれた。……受け入れるというより、深く考えないようにしてる、って言った方が正しいかもだけど。


 とにかく、家族以外に明かしたことのない裏の面を見せたことで、彼は私にとって大切な人となった。面白くて、優しくて、話しやすくて……好きになるまで、そう時間はかからなかった。


 なんでそれくらいのことで、って思う人がいるかもしれない。普通のことで惚れるなんておかしいって。


 でも私にとっては、その”普通”が何よりも心地よかったんだ。


 彼は自身のことを悲劇の主人公のように思われたくないようだけど、私もそうだ。心に仮面を着けてるのだって、別にそんな大した理由じゃない。単純に、欲望をさらけ出している様子を皆には受け入れてもらえないんだろうな、って恥ずかしがってるだけ。


 そう考えると、この恋心がちっぽけなものに見えてくるけど……その恋の原因がいくら小さくても、好きって気持ちに変わりない。寧ろちょっとしたことで抱いた恋心が、後になって大きな愛になる、なんてこともありえない話じゃない。


 ラノベやアニメみたいに、劇的な出会いじゃなくていいんだ。ありふれた日常の、ほんの少しのことで理解した恋でいいんだ。


 だからこのまま、二人でのんびりと日常を過ごして……でも私がほんの少しの勇気を出して、いずれは付き合うんだって思ってた――



 なのに突然、多々良部くんの様子がおかしくなって……学園トップレベルの美少女が、彼の友人になった。


 マーガレット・黒咲さん。私でも知ってる、在来の生徒。叡蘭で非常に人気がある、男嫌いのひと。


 そんなひとが何故、彼の友人になったのか。その理由はなんと、二人の夢が繋がったからという、まるでラブコメのフィクションみたいな内容。


 真っ先に抱いた感情は、嫉妬。


 当時の私は、からかう気持ちも半分あったけれど、彼と肉体的に繋がりたいと思ってた。卑猥な言葉を彼に浴びせ、呆れながらも付き合ってくれる彼に想いを募らせていった。


 ……好きな人を相手に何やってたんだって話だけど、私は自身が虚勢を張りがちで不器用だってことを自覚してる。今思えば、胸の中の好意を暴かれないようにした照れ隠しだったのだろう。


 ――と、とにかく、あの有名な”◯◯しないと出られない部屋”に閉じ込められた多々良部くんと黒咲さん。幸いなことに何事も無かったようだけど……『なんで私じゃないんだ』って思った。私は多々良部くんと一緒に夢の中へ閉じ込められたかった。そしたら好きなだけ、ふたりきりで彼を攻めることが出来るから。


 彼から話を聞いた瞬間は動揺したけど、直ぐに取り繕った。そしてその日の放課後、野次馬根性が半分、牽制のつもり半分で彼に付いて行って実際に黒咲さんに会った。


 するとなんということだろう。黒咲さんも多々良部くんに好意を抱いていて、めっちゃ敵意を向けてくる。


 この時から、私には恋敵ができた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る