デート?⑤


 ……喧嘩をした。仲直りした。しかし彼女から過ぎた悪戯をされ、帰りたくなる程ではないが確かに感じる居心地の悪さの中で僕達は歩く――



「多々良部くん! そっちにゾンビが数体行った!」


「ちょっ、こっちはとっくにキャパオーバーだっての!」


「あ、またタゲがそっちにいった!」


「お前狙ってやってるだろ! そっち敵の数少ねぇんだが!」



 ――こともなく、普通に休日を楽しんでいた。


 色々とあった水着購入だったが、レジから帰ってきた朱李は満面の笑みで『次は何処に行こうかな!?』なんて言ってきた。自分の胸に顔を埋めさせようとした男に見せる反応では無いのだが、残念ながらに慣れてしまっている僕は黙ってそれに従う。これも経験の賜物だ。


 ……ここで終われば朱李は単に喜怒哀楽が激しく、稀に奇行を見せる変な奴だ。しかし彼女はそんじゃそこらの変態とは一味違う。歩きながらド変態な言葉で僕を弄り、その上で『じゃ、多々良部くんは行きたいとことかある?』なんて聞いてくるのだ。


 気遣いが出来る変態ほど厄介なものはない……素直に嫌うことが出来ないから。


 話を元に戻すが、行きたい場所を訊かれた僕はゲームセンターを指定した。ふと久々に行きたいと思い立ったという理由もあるが、あそこならば僕だけでなく朱李も一緒に楽しめると考えたのだ。


 案の定、クレーンゲームやアーケードのレーシングゲームを二人で楽しんだ。そして景品である数体の小さなぬいぐるみを抱えながら、朱李が向かった先は……まさかのホラーシューティングのエリア。問い詰めると、『だって夏にピッタリじゃない』と、もっともな理由で返される。


 僕も朱李もホラゲーを遊んだ経験があり、耐性はついているので特に拒否する理由もなく、その幕をくぐった。


 ここまでが、朱李が僕の顔を胸に埋めようとした謎な出来事、すなわち水着事件(仮称)の後の出来事である。



「ヤバっ! 回復切れたんだけど!」


「おい待て俺はもう限界なんだががががが」


 画面内の俺のアバターは、朱李に押し付けられた無数のゾンビに食い散らかされる。それと同時に僕がリアルで手に取っている銃が猛烈に震え、変な声が出てしまう。慌てて銃を元の置き場に戻す。


「そんな、多々良部くんが死んだ! このヒトデナシ!」


「実際に人じゃないからな」


 キッと視線を鋭くし画面の中のゾンビを睨む朱李。何やら復讐に燃えているようだが、大量のゾンビを送り無理やり身代わりにしたのも朱李である。


 バイブレーションが収まったことで平常を取り戻した僕は、既にアバターがやられてしまっていることもあって、朱李が操作するアバターを大人しく眺める。


 体力ゲージ、残弾数、疲労度などのパラメータを順に目で追っていくが――


「……ほぼ無傷じゃん。回復切れたって言ってたが、もしやお前が専有してた、なんてことはないよな?」


「ここでボス⁉ 救援の時間まで耐えられるかギリギリなんだけど!」


「聞いてないし……」


 ……それにしても、朱李はシューティングが上手い。僕と同じくらいにゲームを経験していることもあるが、特にエイムを合わせる技が際立っている。現れる全ての敵にヘッドショットを当てているからだ。


 この調子なら回復アイテムを独り占めせずとも、協力してボスを倒せたのでは……と疑念に思うが、朱李が楽しんでいるので良しとしよう。熱中している時に水を差すのは野暮だし、何よりゲームを心から楽しんでいる人を見るのは楽しいからね。


「うらららら!  おりゃー!」


 ……身長低めの女子高生が、必死に銃を撃っている。しかも、かなり上手に。


 その異様さにブースの横を通るカップルが目を見開いて驚いていた。なんだか僕が恥ずかしくなってくるんだが。


 まぁ結果として、朱李はボスを倒すことに成功した。彼女の言う通りギリギリでの勝利だったが、表情を見るに満足そうだ。


 ホラーで夏の暑さを吹き飛ばそうという考えだったのに、我を忘れて熱中した朱李の額には薄っすらと汗の玉が浮かんでいる。そんな朱李が幕をくぐって出てきた。


「ふぅ、満足」


「そりゃあそこまで楽しんでたらな」


 スッキリした顔を見せる朱李に半ば呆れる僕。そんな僕達にゲーセンの人が近寄ってきた。朱李に向ける視線は何処かよそよそしい。


「あ、あのぉ……そちらのゲームでボスを倒された方には景品を差し上げることとなっているのですが、如何でしょうか?」


「ありがとうございます」


 にこやかな朱李と対象的に、怯えている店員さん――


 ――あぁ、なるほど。朱李の先程までの様子を見ていたから、こんな怯えの混じった表情を浮かべていたのか……。朱李、お前の知らないところで悪評が広まろうとしているぞ。


 その後、珍しく熱中してしまっただけなので気にしないでほしいと弁明するも……次にブースへ入ろうとするカップルが、何故か覚悟を決めた目をしていた。推測に過ぎないが、朱李の叫びを聞いて、怖さが増してしまったのだろう。女子があれだけ大きな声を上げるほどなのだと。


 かなり壮大な勘違いだが、ゾンビホラーとしての怖さも勿論あったので、あのカップルががっかりするようなことはない。


 そして自分の知らないところで騒動を引き起こしていた当の本人は、僕の横で首を傾げていた。


「なんか凄いね、今日のゲーセンは」


「殆どお前のせいだからな⁉」


 ため息をつく僕を不審がる朱李を連れて逃げるように外へ出る。途端に夏の熱気が襲いかかってきた。


 昼を過ぎてから暫く経ち、本格的に暑さが激しくなってくる頃。太陽に熱されたアスファルト。そのアスファルトからジワジワと放射してくる確かな熱さ。


 出たばっかりだというのに、僕も朱李も暑さにやられていた。


「あづ〜い……アイス食べよ」


「あんだけ熱中してたせいだろ、絶対に」


 文句を言いながらも、アイス店に引き寄せられているかのように前を歩く朱李に付いて行く。


「何味?」


「バニラ一択だね。シンプルインザ・ベスト」


「ほーん。ちなみに僕はチョコミント」


「ほぼ歯磨き粉じゃん」


「殴んぞ」


「じゃあ君のムスコを蹴り上げる」


「あ?」


「おん?」


 いつもより過激な言葉の応酬。これも全て、暑さで頭がバグっているせいだ。


 バカなやり取りをしながらアイス店に向かうと……なんとも奇妙なことか、よく見知った人物が座っていた。真っ先に気付いたのは、朱李だった。


「あ、黒咲さんじゃん」



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