デート?②
「お待たせしました。ご注文のアイスコーヒーとラテでございます」
朱李と仲直りした直後、待っていましたとばかりに冷たい飲み物がテーブルに運ばれてくる。そっか、さっきまでの雰囲気で間に入って運べるわけないもんな……そう考えると急に申し訳なく感じてくる。
「あれ、ケーキは注文してませんが……」
ラテ、コーヒーの順番で置かれると最後にテーブルの中心にケーキが二ピース乗った皿が置かれる。イチゴが乗った、シンプルなショートケーキだ。僕達が先程まで入り難い空気を醸し出していたから、慌てて間違ってしまったのだろうか?
尋ねると、女性の店員さんはニコリと笑みを浮かべ人差し指を唇に当てて言う。
「こちらはサービスですよ」
「そんな! 悪いですよ、お代はちゃんと払います」
「うん、私も半分払う」
先にケーキ代を支払おうと財布を出すが、女性店員はそれを制止した。
「事情は把握しております。仲を取り戻した今、彼女様とこの時間を楽しんだ方がよろしいかと。お代は結構ですよ。それにここで支払いを強制すれば押し売りになってしまいますので、どうかお受け取り下さい♪」
最後に茶目っ気を残しながら彼女は言った。
「それは、……やっぱり払います!」
頑なにタダで受け取ろうとしない僕に、彼女は代替案を掲げた。
「そうですね……では、代わりに今後とも『COMET』をご贔屓にしていただければ。いつでも我々は快適なサービスをお届けしますので、ご友人と気軽に足を運んで下さいね」
そう言い残して女性店員は他の仕事に戻っていった。
「――か、かっこいい……!」
その背中を、朱李はキラキラとした目で見つめていた。……かく言う僕も、あの人のスマートな振る舞いに感動していた。外見だけでなく、内面まで素晴らしいこの喫茶店が相当気に入った。
「また来ようね!!」
珍しく鼻息荒くして身を乗り出すほどに興奮している。彼女の提案をここで断るはずもなく、僕は首を縦に振った。
……それにしても、だ。
「あの女性店員さん、どっかで見たことあるような気がするんだよな――」
◆
「……この席からだと話が聞こえませんね。上手く仲直り出来たのでしょうか?」
「あまり凝視しない方が良いよ。傍から見れば君が完璧に不審者に見えるから」
耳を澄まして多々良部さん達の声を聞き取ろうとしている私を、銀城さんは諌めます。私もふと我に返り、慌てて体を椅子の上に戻します。……羞恥で顔が赤くなっていることは、バレていないはずです。
「……恥ずかしがるくらいなら、初めからやらなければ」
バレてました。
話を逸らすように、私は軽く咳払いして銀城さんに尋ねます。
「んん゛っ! それで、西宮さんは多々良部さんと仲を取り戻せたのでしょうか」
「今、あっちのテーブルを見てみれば答えが分かるだろう」
誘導されて向こうのテーブルを見てみれば――
「――よかった」
お二人で談笑しながらケーキを食べている姿が、そこにはありました。多々良部さんが仰っていた気まずい空気など一切感じさせず、寧ろ長年の友人であるかのような関係に見えます。
橋の上で集合した際の空気は最悪でしたが、今のお二人を見ると安心出来ます。多々良部さんが勇気を出されたようですね。……これも発破をかけた甲斐があるというものです。
……そうです。私はお二人を騙し、無理矢理にでも話す機会を設けたのです。メールを送った際の反応を遠くから見るに、多々良部さん達は私の意図に気付いているようですが……仲直りされたようで、本当に良かった。
「……てっきり反対されるかと思っていました」
「二人を騙して無理に仲を取り戻させるという案かい? 別に構わないと思うよ。ここに私が来ているのがその証拠さ。……雨降って地固まる、私はそれを信じているからね。あとはどちらかが少しの勇気を出せば解決だ」
『あら、一丁前な事言っちゃって。いつの間にか大人みたいになっちゃったわね』
「ッ⁉」
気付けば私の背後に人が立っていました。驚くべきは、その気配が話しかけられる直前まで全く感じさせなかったこと。私は武道に精通していませんが、それでもこの方の立ち居振る舞いが異状であることは分かります。
振り返って見てみれば、先程多々良部さん達にコーヒーなどを運んでいた女性の店員でした。
その姿を見た銀城さんは、ブラックコーヒーが入っているカップをテーブルに置き、溜め息を漏らしながら言いました。
「……姉さん、今は就業時間中だろうに」
「あら、店長に逆らうつもりかしら?」
「残念だが、今の私はお客様だ。姉さんの妹じゃないよ」
「……えっ」
衝撃の言葉の連続に、私は思考が停止しました。えーと、目の前にいる女性が銀城さんのお姉様で、銀城さんのお姉様がこの喫茶店の店長で――
「おっと、黒咲さんにはまだ話してなかったかな。良い機会だから紹介するよ……不本意だけどね」
「ちょっとちょっと、お姉ちゃんに厳しくな〜い?」
軽い口調で話すお姉様を無視し、銀城さんは説明を続けます。
「この可哀想な女性が私の姉さん、銀城
「よろしくね。妹と判別しづらいから、”雲雀さん”って呼んでくれると助かるな」
「あ、はい。よろしくおねがいします、雲雀さん」
言われるがままに挨拶を交わしますが、私の頭は疑問で埋まったままでした。
「銀城さんって――」
「おや、どちらの銀城さんかな?」
質問を口に出そうとした途端、銀城……周さんが意地悪な笑みを浮かべて意地悪してきます。雲雀さんも似たような笑みを浮かべていらっしゃって……似たもの姉妹だな、と思いました。
「……周さんの意地悪。それで、周さんにご姉妹がいたなんて知りませんでした。てっきり一人っ子かと思っていたのですが……」
「うん、まぁこんな姉達だからね。率先して言おうとはしなかったかな」
「姉”達”ということは、まだお姉様がいらっしゃるのですか⁉」
「そうだよ〜。私は次女で、周ちゃんが末っ子。私の上に一人いて、三人姉妹ってわけ」
私の次の質問に雲雀さんが答えます。驚きの回答に、私は言葉を失ってしまいました……。その間に、御二方は微笑ましい姉妹のやり取りを繰り広げています。
「そうそう、私の店に来るなら来るって前もって言ってくれればよかったのに。妹特権でサービスしてあげよっか?」
「いらないってば。それより早く仕事に戻りなよ、店長がこんなとこで油売ってちゃダメでしょ」
「お客様との交流も接客業において立派な仕事の一つよ? それに妹の友達に会える機会なんて滅多に無いだろうし、この時間のうちに仲良くなっとかないとね」
「……邪魔だけはしないでよね」
雲雀さんを鬱陶しそうに、雑に扱う周さんですが、コーヒーカップにつける口元が緩んでいたことを私は見逃しませんでした。あのように言っていても、やはりお姉様のことが好きなのだと他人の私でも感じます。実姉である雲雀さんはそれを如実に感じるでしょうし、だからこそスキンシップが多く、周さんに拒否されてもめげないのでしょう。
そして普段は凛とした態度をとっている周さんが、お姉様の前では砕けた口調で話しています。それをギャップと言うのでしょうか……何故かドキドキします。それを収めるためにも、雲雀さんに幾つか質問をしようと思いました。
「……素朴な疑問なのですが、雲雀さんは何か武道を修めていたりなど――」
あの時感じた立ち居振る舞いの異常さと、妹である周さんの経歴を踏まえた上で、雲雀さんも武に秀でていらっしゃるのではないかと推測しました。その予想は的中し、雲雀さんは首を縦に振ります。
「まぁ一通りは経験したかな。でもウチの家業が面倒だったから継がずに家を出て、知り合いの伝手を辿ってなんとかこの店を開いたの。店長ってのは、そういうことだよ」
「初めは両親も反対していたんだ。この若さで一店舗の店長など難しいからね。道半ばで頓挫し帰ってくると予想していたらしいのだが……この姉は見事にやり遂げた。知らせを聞いた時にはあの両親も珍しく口を開けて呆けていたなぁ……。こういうこともあって……まぁ、一応私が尊敬してはいる姉だよ、うん」
……私の知らない壮絶なドラマがあったようですね。可愛い妹の口から”尊敬している”という言葉を聞いた雲雀さんは満面の笑みで周さんの頭を撫でています。そして周さんはそれを嫌がってます。
そんな雲雀さんに、他の店員さんが近づき話しかけました。
「店長、早く仕事に戻って下さい」
「あ、はい」
意外と素直に雲雀さんは業務に戻っていきました。その背中を銀城さんは眺めています。先程までは明るく元気でフランクに接してくるお姉様のようでしたが、今の姿は立派な社会人で、店長という役職に見劣りすることない顔つきでおられます。
「……まったく、我が姉ながら――」
その後の言葉は続きませんでしたが、カップに隠れた笑みが答えを物語っています。周さんの知らない一面を知ることが出来て……ココアの最後の一口が、とても甘く感じました。
そして私の背後にいる”彼ら”の動きに銀城さんは気付かれたのか、ふと本を読んでいる手を止めて顔を上げました。
「――おや、彼らは動き始めたようだよ」
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