デート?①



 黒咲が突然僕の家にやって来たその夜、僕と黒咲と銀城さんの三人で買い物に出かけましょうとお誘いがあった。朱李抜きなのは僕を気遣ってだろうし、黒咲のことだから多分銀城さんも交えてその件について話し合うのではないか……そのように推測して、珍しくお洒落をして橋に向かった。


 駅を降りて橋に向かうと、既に多くの人が行き交っていた。休日ということもあり、この中から探すのは困難だろう……だが橋の上の像と場所を指定されているので、僕は迷わずそこへ向かった。


 早めに家を出たこともあって、まだ黒咲達の姿は見えなかった。集合予定時刻まで後少しなので、わざわざスマホを出して暇を潰す程じゃないだろう。


 そして、その時がやって来る。



「――うそ、多々良部くん?」


「あ、朱李――?」


 来ないはずの朱李が、可愛い服を着て立っていた。




「なんでお前が――」


「それはこっちのセリフ。君は来ないって聞いてたのに、なんでいるの。まさか私の後をつけてきたってわけ? ストーカー多々良部ってこと?」


「いや俺の方が先に着いてたd――いやちょっと待て。お前さっきここが待ち合わせって言ったか?」


「そうだけど……あっ! 多々良部くんも⁉」


「あぁ。黒咲に誘われて……その調子だと、お前も……」


「……うん、黒咲さんに誘われてここに来たの」


 この一連の流れで全てを察した。僕も朱李も、黒咲に騙されてここに集められたのだと。


 僕と朱李が喧嘩していることを知った黒咲は、それを解決すべく僕達別々に電話をかけたのだろう。喧嘩の相手が来ないという嘘をついて上手い具合に言いくるめ、今、ここで、僕達が鉢合わせるように。狡賢いこの策に僕達はまんまと嵌められたわけだ。


『『ピロン♪』』


 そしてこのタイミングで、僕達のスマホに、同時にメールが届く。なんとなく見当をついて開いてみると――


『すみません、諸事情あって今日は銀城さん共に来れなくなりました。このまま帰っていただくのは申し訳無いですし、近くにいる知り合いの方と今日一日を過ごしてみては如何でしょうか?』


 ふと顔を上げて朱李の表情を見てみるに、似たようなメールが届いたのだろう。彼女も顔を上げて、周りを見渡し何かを探し始めた。僕もぐるりと周りを探すが、目的の人物は見当たらなかった。


 二人して溜め息が漏れる。


「……これ、絶対何処かで見てるよなぁ」


「だよね……」



 さて、状況整理が終わったところで次の話と行こうじゃないか。……だが話をする以前に、ここは暑い。アスファルトの熱が体を蝕んでいる。まだ着いたばかりで、耐えられないまでの暑さじゃないが、直ぐに汗が流れてくるだろう。


 僕は口籠りながらも、なんとか言葉を出して提案した。


「その、なんだ……このまま帰ってやるのも癪だし、まずはどっか涼しいとこに行かないか?」


「うん、賛成。黒咲さん達と行こうと思ってた喫茶店があるから」


「助かる」


 朱李が道案内をし、僕はその横に並んで歩く。普段は太陽が照りつける鬱陶しい暑さの道も、今だけはそこまで不快に感じなかった。……それはきっと横にいる彼女のお陰だろう。


 ……それでも、居心地の悪さは変わらなかった。道中で互いに一言も喋らず、ただ暑い道を歩いているだけだったから。


 それもなんとかやり過ごし、朱李の言う喫茶店『COMET』に到着した。


 レンガ造りのお洒落な外観で、壁面に伸びている蔦が隠れ家的な雰囲気を纏わせているところなどは僕の好みにかなり当てはまっていた。朱李が何かを言いかけるが、何も言わず口を閉じて店内に入っていった。僕も慌てて後に続く。


「……すご」


 思わず感想が口から漏れてしまった。


 店内の内装もかなり凝っていた。いや相手はプロなんだから”凝っている”という表現が正しいのかは分からないが……とにかく、言葉にし難いほど素晴らしい印象を受けた。


 ジャズに似たクラシックが店に流れ、漂ってくるコーヒーの芳ばしい香りを強めている。調度品も使い込まれているが、清潔に維持されているのが見て分かる。


「でしょ? 前々から気になってて、黒咲さん達が来てたら、一緒にここに来る予定だったの」


「相手が俺で悪かったな」


「……別に、嫌とは言ってないし」


 ボソッと呟いた彼女は顔をそらし、店員さんに話しかけ空いている席を教えて貰いに行った。先程から全て朱李に主導権が握られていて、なんだか落ち着かない。他の客から見れば、女性に空席を訊きに行かせるダメ男みたいになっているのではないだろうか。……なんか嫌だな。


 店員さんに呼ばれ、空いている席に誘導される。二人用のテーブルに向かい合って座った僕達は、まずは冷たい飲み物として僕はアイスコーヒーを、朱李はラテを頼んだ。


「「……」」


 飲み物が届くまでの間、話しかける機会を中々見つけられず、やはり沈黙が続いていた。……どうやら朱李も僕と同じ状況に陥っているようで、その証拠に先程からチラチラと僕の顔色を伺っている。考えることは同じなはずなのに、その一歩が踏み出せない――


『対話は大切なのですね……』


 瞬間、黒咲の声が走馬灯のように頭に流れ込んだ。昨日のやり取りを、昨日の決意を、刹那の間に脳内で反芻する。


 その時にはもう、口に出していた。




「ごめん、あの時に変に説教じみたことして」


「っ!」


「その、お前も何か意図があったんだろうけど……僕は、朱李が自分の身体を大切に扱っていないようで嫌だった。黒咲と友達になってから、そういうのに過剰に気にしだしちゃってて……悪かった」


 素直に自分の感情を、思いを、謝罪を言葉にした。初めに勢いづけば後は流れに任せて次々と出てくる。……まったく、自分はこんな容易なことをウジウジと悩んでいたのか……。


 僕は頭を下げるが、朱李から静止の声がかかる。


「待って、頭なんか下げないで。……私も悪かったから。からかう気持ちが半分含まれてたけど、君の気持ちを知らずに……悪戯が過ぎた行動だった。ごめんね」


 朱李からも謝罪の弁が述べられた。先程までだんまりだったのに、いざ仲直りとなればスラスラと言葉が繋がっていく。そのことがおかしくて、二人で笑ってしまった。


「あはは! ……ほんと、なんでこんなにも悩んでたんだろうね」


「ははっ、本当に、なんでだろうな……」


「……この一週間、辛かった。隣同士なのに全く話さなくて、謝りたいのに、話したいのに、恥ずかしくて言えなかった」


「僕もだよ。ずっと謝りたかった。前みたいにお前と馬鹿みたいな話をしながら、笑って過ごしたかった」


「……ありがとう」


 彼女の笑顔、そしてうっすらと煌めく視線が僕に向けられる。この感謝の言葉が一体何に向けられたものなのか、僕には分からなかった。それでも、これだけは分かる。


「じゃあ……仲直り、ってことで」


「うん。これからもよろしくおねがいします、多々良部くん?」


 こうして僕達は、小さな珍しい喧嘩を終わらせたのだった。



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