テスト後②
「――なるほど。それで西宮さんとの関係が拗れてしまったというわけですか」
「はい。避けれなかった僕にも責任はありますが、何よりもあいつに……朱李が自分の身体を大切に扱っていないようで、ムカッとしたんです」
「……」
「だからといってこのままは絶対に嫌なんです。でも僕が悪いようにも思えないし……自分から仲直りしようって言い出しにくくて」
「それは………大変でしたね」
結局の所、朱李とのあれこれについて話す時間が一番多かった。いざ口に出してみると、自分がどれだけ悩んでいたのかが分かる。朱李との喧嘩自体もだが、彼女とこれからも険悪な空気が続いてしまうのかどうかが不安だった。
思えば高校に入ってから、ずっと朱李と話している。母の死で若干暗い性格となっていた自分に接し、楽しさを感じさせてくれるようにしたのは……朱李だった。
朱李の存在が、いつの間にか僕の日常の中に深く組み込まれ、大きな存在となっていたのだ。確かに、話すだけでは根本的な解決にならない。……でも、それが知れただけで十分だった。
「……聞いてくれてありがとうございます。確かに、話すと少し楽になりました」
黒聖女に自分の抱えているもの、溜め込んでしまっているものを話すという点で見れば、この状況は懺悔に近かった。これでもし彼女との間に窓があり、互いの顔が見れない状況にあれば……黒咲が今纏ってる空気が相まって、懺悔室そのもののように思えてくる。僕が告解しているのは罪じゃないけれど。
溜まっていた鬱憤を吐き出した僕は、心をスッキリさせた。
「でもこれだと、メグさんだけが損しちゃってますよね……」
「いえ……今日する予定だった本来の案件を話す前に、貴方から聞けてよかった」
その言葉が意味することは分からなかったが、彼女なりに僕達のことを考えてくれているということは伝わってきた。
この件は自分達にも関係してくると黒咲は言い、持ち帰って検討したいということで彼女は席を立った。途中まで送っていくと僕は言ったが、彼女はそれを断った。しかし僕が再度頼むと、苦笑しながらも了承してくれた。
「そういえば、今日本来の予定って何だったんですか?」
途中まで送り、別れ際にそう尋ねると、彼女は夕日を背景に優しい笑顔で答えた。
「単純に、多々良部さんと遊びたかったのですよ。勉強会の時は皆さんとゲームをして、ワイワイした空気も好きでした。ですが今日は……共同夢で楽しんだあのゲームを、貴方と二人だけで遊びたかったのです」
「そんな恥ずかしいこと、口にしないでくださいよ恥ずかしい……」
当の本人は恥ずかしがる素振りを全く見せていないのが余計に気に食わなかった。自分はストレートな言葉を突きつけられて少し恥ずかしがっているというのに、彼女はふりふりと首を横に振った。
「言葉を交わすことは大切なのだと、最近改めて自覚しました。私の中だけの常識で貴方の性格を決めつけ、貴方との対話を早々に諦めてしまった。それが原因で貴方を怒らせる結果となりました」
まぁ確かに、あの時の黒咲は僕の話を耳で聞いていても、頭で聞いていなかった感じがする。彼女の凝り固まった”男”の常識で言えば、僕の話など聞くだけ損といった様子だった。
「対話は大切なのですね……」
断言ではなく、確認。
「少し、語ってもよろしくて?」
「どうぞ」
一拍おき、黒咲は語り始めた。
「人間は皆、優れた言語機能を有しています。対話をせねば圧倒的にもったいない。思想、宗教、単純な好み……不理解はあれど、対話をすることは出来るはずです。そこから共感が発展するかもしれない。……自分自身の考え方の根底を、良い方向に覆してくれる人がいるかもしれない。決めつけていただけで、いざ話してみれば気が合う人がいるかもしれない……」
全ての語句が僕の身に染みる。自分の想像以上に朱李との関係に悩んでいた僕にとって、彼女の独白じみた言葉はとても身近なものに感じられる。
「多々良部さんは私を過去から前へ向くようにしてくれました。初めは怯える対象であった長井さんも、いざ話してみれば気が合いました。どちらも、貴方との対話から生まれたものです」
「確かにそうかもしれませんが……だから朱李と対話して分かり合えと?」
「無理強いはしません。あくまで私の主観の話ですし……ですが貴方がどんな選択をしようと、後悔はしないようにしてくださいね」
「……」
テストの間で話しかけようと思って話せなかった自分にとって、今の黒咲の言葉はとても厳しいものに聞こえた。直ぐに仲直り出来るものなら、黒咲に話を聞いてもらうまでに落ち込んでいない!
何度も勇気を出そうとしたけれど、あの時の言葉を思い返すたびに彼女の身体に密着した罪悪感と、彼女の身を案じたはずの言葉が原因で何故気を悪くしたのかという不服が、僕の体を絡め取るんだ。
……苛立ちに近い不満が僕の口を閉ざした。
だがそれでも僕の気持ちを優しく汲み取るように、黒咲は変わらず優しい口調で言う。
「そうですよね。無理に仲直りする必要などありませんよね。……じゃあ今後西宮さんとの交友関係の一切を絶ち、互いに他人として過ごしていきますか?」
「それは嫌です」
優しい口調で放たれた厳しい言葉に、僕は直ぐに反抗する。今は喧嘩中だとしても、朱李と過ごした楽しい日々は変わらない。それに……あいつとは、まだ数ヶ月だけしか過ごせていないんだ。
語気を強めてしまったものの、彼女は怯える様子無く、優しい言葉をかける。
「ならば答えは決まっているではありませんか。……安心しました。貴方の決意が固いようで」
「……上手く乗せられた気がしますけど、決心が出来て良かったです。本当に、ありがとうございました。これで朱李とも向き合える気がします」
「そんな、お礼など……私は西宮さんも好きですから。それに発破をかけるためとはいえ貴方に酷い言葉を使ってしまいましたから、これでイーブンです」
どこまでも優しい黒咲に、逆に溜め息が漏れた。と同時に、生来のこの優しさを性差関係なく与えるように出来なくした彼女の過去を残念に思う気持ちが湧いてくる。
「それじゃ……この辺りで」
「えぇ。……最後に、今日は色々とありましたが、送ってくださった貴方の優しさが好きですよ。過保護という単語を選んでしまいましたが、その優しさを嫌になど感じませんから、安心してくださいね?」
「……」
これ以上彼女と話していると自己嫌悪に陥りそうなので撤退しよう。別れの挨拶に手を振る彼女に向けて手を振り返しながら。
◆
「はい、明日はどうでしょうか。……はい、駅から近いあのショッピングモールで。待ち合わせはそうですね……橋の像の前がわかりやすいかと。ではそういうことで……はい、急な誘いでしたが引き受けて頂きありがとうございます。はい……はい、それではまた明日」
私は通話を切り、話が予定通りに進んだことに安堵する間もなく、次の方へ電話をかけます。
「あ、多々良部さんですか? 夜分に電話をかけてすみませんが、明日はお暇でしょうか? ……それはよかった。ならば私と銀城さんでお買い物に行きませんか? ……即答とは、また素晴らしいですね。では昼過ぎに、橋の上の像でお待ちしています。……はい、おやすみなさい」
……また通話を切り、今度こそ上手く行ったことを安堵します。
これで約束は取り付けました。場を整えたと言ってもいいでしょう。後は……御二方に任せるのみですね――ふふっ
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