男友達③
翌日、再度勉強会を開くことに。僕の家で、朱李も銀城さんも揃っている。
しかし昨日と違う点は、一人増えていること。
「どうもはじめまして。長井悠斗っていいます」
「……黒咲です」
挨拶を済ませた二人だがそれ以上の会話は広がらず、代わりに居辛い空気が広がっていた。
初めてこの勉強会に参加する悠斗について、銀城さんは何も問題なく親しげに接していた。多少ぎこちなかったが、朱李も軽く挨拶が出来た。しかし肝心の黒咲はやはり警戒心が解けず、視線は険しく口は真一文字に結ばれている。
先に限界が来たのは悠斗の方で、僕の方へ視線を送った。
『なんでさっきから黒咲さんが睨んでくるの!?』
思いの籠もった目から、そう読み取れた。
しかし成績が上がると聞いて迷わず飛びついてきたのは悠斗である。辛いと思うが耐えてもらおう。それに対し僕の方は……この黒咲が纏う雰囲気、つまり初期の毒舌黒いオーラの黒咲を思い出し、懐かしんでいた。
感傷に浸る僕の横で、やはり二人が笑顔無しで会話していた。
「長井さん」
「はい」
「多々良部さんが貴方を信用しているからこそ連れて来られたのだと理解しています。ですがあまり私に近寄らないで頂きたいのです」
「……」
早速飛び出た『私に近寄るな』という拒絶の言葉。悠斗に74のダメージ。彼は無表情で僕の顔を見て、詠嘆のない声で言った。
「琥珀、ちょっと席を外したいんだけど、場所を教えてくれるか?」
「……いいぞ」
◆
部屋から退出する二人の背中を見ながら、私は後悔します。
「あれはやはり、言い過ぎましたよね……」
「そりゃそうだよ! 黒咲さんの事情も知ってるけど、あれはキツすぎだよ! ……ってか多々良部くんにも最初はあんな対応だったわけ?」
「うっ、まぁ、そうでしたね……そんなこともあったような……」
西宮さんからの責めに、私はどもりながら返すことしか出来ませんでした。多々良部さんを散々に扱った過去は事実ですし、それをよりにもよって西宮さんに知られてしまったことに申し訳無さでいっぱいでした。
「それで今の仲になれるって、多々良部くんのメンタル凄すぎない?」
……共同夢の初期に彼と言い合い、流石の優しい彼も呆れてしまったのか、その後の対応はとても冷たいものでした。疲弊した彼の姿を見て私は直ぐに後悔し、態度を改めましたが……その時にはもう、私に見切りをつけてしまっていました。
それから色々とあり、一緒にテレビゲームをしたりする仲にまで発展し、最終的には……彼へ好意にかなり近しい感情を抱くまでになっています。その”色々”に、バニーガールで彼を襲いかけたという事件が含まれていることが非常に残念ですが……あの時は私も溜まっていて、欲求不満な状態だったのです! 理性が効かなかったのです!
そんな恥ずべき状態の私を止めてくださった多々良部さんには、本当に感謝しかありませんね。もし彼が私の誘惑に負け、されるがままになっていたならば、私も彼も、後悔することになっていたでしょうから……。
と、このように回想の夢に浸っていた私は、銀城さんの言葉で我に返ります。
「私は見慣れてしまったが、それでも先程のやり取りは過剰だったよ。やはり難しいかい? 彼以外の男と同じ部屋で勉強することは」
「……」
長井さんがどれだけ彼女さんを溺愛しているのか多々良部さんと西宮さんに熱弁された後、私は半ば流されるように長井さんの参加を承諾しました。そして私の信頼する二人がそこまで言うのならば、とヤケにも似た形で挑みましたが、長年によって染み付いてしまった癖と恐怖は拭いきれませんでした。
その結果、長井さんに酷い言葉を……。多々良部さんの場合は、七日間という時間をふたりきりで過ごした生活を経ているからこそ、全幅の信頼を置けています。ですが長井さんは……先程会ったばかりのこの短い間のみで完全に信用することは、どうにも難しかったのです。
申し訳無さは感じていますし、私自身もなんとかしたいと望んでいます。
ですが私自身のどうしようもない性格のせいで……しかし長井さんのためにも……長井さんを信用しているからこそ連れて来られた彼のためにも……。
「私は――」
◆
僕と悠斗は共に部屋から出て、ドアを閉じたと同時に廊下で悠斗はしゃがみ込む。
「……キッツ」
「メグさんのことは事前に話してただろ?」
子供の頃にあった事件のことを勝手に話すことは流石に憚られたが、彼女の極度な男嫌いと今の改善状況は伝えておいた。
「いや確かに黒聖女様が男嫌いだって話は有名だったし、今は少し丸くなってるって話もお前から聞いた。でも全然塩対応すぎて泣けそうなんだけど」
「う〜ん……悠斗が彼女を溺愛してるって話はしてたんだけどなぁ」
「おいコラ何勝手に話してんだ……って言いたいとこだが、間違いじゃねぇな。俺の彼女、超かわいいし」
「そこは遠慮しろよバカップル」
「うるせ」
ここまで軽口が聞ける程度にはメンタルが回復したらしい。まだ膝は抱えているものの、見上げるその目は明るさを取り戻していた。
「つーか琥珀が黒聖女様と友達だったってことが一番の驚きなんだよなぁ。何気なさそうに見えてその実、名前で呼んでたし。え、何? 付き合ってんの?」
「んなわけねーだろ」
「まぁそうだよな。琥珀は西宮さんとだし。西宮さんのことも名前で呼んでるし」
「年若くして耄碌か?」
「じゃあ――」
「騎士様って言ったら家から追い出すぞ」
「――はいはい、分かりました。でも勘違いされても仕方がないかんな? 我らが叡蘭学園の誇る美女達をその身一つに侍らせてんだから」
「ぐっ……」
今思えば確かにそうだ。最近は彼女達と過ごすことが多く慣れてきていたが、改めて考えてみても以前の俺に比べて異状な環境だ。
「ウチのクラスでも地味に話題が広まってる。黒聖女、騎士様、そして編入の美少女を侍らしている男は何奴だ、ってな」
「え、僕って意外とピンチだったりする?」
「いや、多々良部琥珀って名前はまだ知られてないし、嫉妬に狂う会員もまだ出てきてない。多分だけど、あの黒聖女の近くに男がいるってことが信じられないんじゃないか? ”単なる噂に過ぎない”って」
(じゃあ手を打つなら今のうちだな……)
悠斗のメンタル回復に付き合うだけのつもりだったが、予想外に良い情報を手に入れることが出来た。丁度黒咲との身の振り方を再考してたとこだし、これはチャンスかも。
「そろそろ戻っても大丈夫か?」
「……あぁ。俺の成績のためにも、なんとか黒聖女様の信頼を得ねぇとな」
そう言って悠斗は立ち上がり、僕が開けたドアをくぐった。
そこには勉強に集中する黒咲達の姿が。戻ったことに気付いた黒咲は顔を上げ、僕達を見て言う。
「どうしたのですか、早く座って下さい。多々良部さんはこちらに。長井さんはあちらの席に」
「……え」
急な指示に頭が追いつかず迷っている悠斗に向けて聖女な笑みを浮かべ、黒咲は言った。
「勉強会を、するのでしょう?」
「っ――はい!」
元気な悠斗の声を聞き、安心した。黒咲の方にも何か変化があったらしい。
悠斗へ難問を解説する黒咲。軽く問題を出し合っている朱李と銀城さん。そんな穏やかな光景を見て、らしくもなく幸せだと感じた。
これも僕らしくないが……願わくば、ずっと続きますように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます