勉強会⑥
「あれれ? 多々良部くんの目が潤んでない?」
「潤んでねぇよ。つーかそこに触れないでくれる」
「貴方の弱点を新たに知れたということですね。ありがとうございます」
「何についての感謝なのかなぁ!?」
このやり取りが彼岸にいる母さんに向けた言葉を思った直後にあったもんだから、母さんにどんな顔すればいいのか分かんないんだけど。……いやでも、意外と喜色に満ちた顔でいそうな気がしなくもない……どちらにせよ、この二人が段々とウザくなってきていることに変わりないが。
こんな不満を脳内で垂れ流しながら、僕達は和室を出る。
(こんな結末になってしまったけど、終わってから考えてみれば……話してみて良かった)
「やぁ、肌寒い夏の夕方に外で延々と待たされた私の感情は分かるかな?」
(落差よ)
いざ家の外に出てみると、しんみりとしたムードから、一瞬で緊張が満たされた。銀城さんも本気で怒っているわけではなさそうだが、苛立っているのは確かだ。
「誠に申し訳ございませんでした」
「以後、再発を防ぐために尽力してまいりますので――」
「赦して?」
「……完璧な連携で、怒る気が失せてしまったよ。なんだい、急に仲が深まったというか、信頼が増したみたいで。……私抜きで」
呆れた表情を見せたと思うと、欲している玩具が目の前にあるのに手が届かない時の子供のような、羨望に満ちた表情に変わった。
「銀城さんのこのような顔、初めて見ました。今まで見られなかったので新鮮ですね。私は嬉しいです」
「っ! み、見ないでくれ……」
羞恥で赤くなった顔を片手で覆い、もう片方の手を前に突き出し僕達を遠ざけようとしている。普段の凛々しい振る舞いと反対に可愛らしい言動で可愛い……って何考えてんだ僕は。銀城さんに失礼じゃないか。
「え、可愛い。イケメン女子のギャップ萌えを間近で見れるとか最高なんだけど」
(お前が言うのかよ……)
俺と黒咲がジト目を送る中、段々と落ち着きを取り戻してきた銀城さんが真面目な話に軌道修正する。
「んんっ! そ、それで今度こそ帰宅かな」
「それなんですけど、予定より遅い時間なんで僕も途中まで送りますよ。人数が多い方が安全だと思いますし」
この時間に住宅地を出歩いている人の数は少なく、試しに辺りを見渡してみても誰一人としていない。まして叡蘭学園の生徒が歩いているはずがない。僕が一緒にいても問題ないだろう。
「なるほど。私は賛成だが、二人は如何かな」
「「よろしくおねがいします」」
こんなわけで満場一致の結果、僕も帰り道を付き添うことになった。
歩いている間にした話の中で、和室で何があったのかを三人で銀城さんに説明し、僕の家庭事情も伝えた。その上で、何かあったら僕の力になってくれることを約束してくれた。本当に良い人だ。
その他にも、勉強の休憩の合間に話せなかったことを沢山話しながら道を歩いていった。
「あの! ……いえ急に大声を出してすみません。ただ……あと何度か、皆さんで一緒に勉強しませんか?」
「ふっふっふ。黒咲さんが言い出さなかったら、私が提案してたところだぜ」
黒咲の肩に腕を組みながら朱李がそう言う。黒咲に嫌がる様子は全く無く寧ろ微笑み、銀城さんもそれを黙認している。いつの間にそんな仲良くなったんだよ……。
「まぁこちらとしてはメリットしかないんで嬉しい話ですけど。じゃあ次も同じ場所でしましょうか」
「次も開くのだね。じゃあ今度君の家に尋ねた時に、君のお母様に挨拶申し上げても構わないね」
「も、勿論ですよ」
やっぱり置いてけぼりにしてしまったこと恨んでますねぇ……なんというか、言外の圧が凄かった。その”圧”に加え、仲間外れにしてしまった思い罪悪感も相まって、首を縦に振るしかなかった。
「……多々良部くんって、銀城さんに弱すぎ」
やかましい。
気が付けば別れとなり、辺りがすっかり暗くなった夜道を再び引き返している。
(……楽しかった)
三人とも、高校から知り合った友達だ。まだ互いに知らないことが沢山あるけど、それでも徐々に心の距離が縮まっている気がする。
当初は美人で有名で人気がある三人なので、厄介事に巻き込まれることを危惧して面倒に感じていたが、今となってはもう過去の話。単純に彼女達と過ごせる日々を楽しんでいる。
――のだが、これらは全て僕への信頼の上で成り立っている。朱李は別として、黒咲に関しては共同夢での記憶があるからこそ、僕が安全な男だと断じている。ならばもし共同夢が無くとも、僕と彼女は仲が良くなっていただろうか? ……いや、まず共同夢が無ければ彼女との接点は持たない。必然的に、銀城さんとの接点も。
そう考えると、あの部屋での地獄な日々がありがたく思えてくるような……いや、初日の毒吐きやバニー事件を忘れたわけじゃない。ちゃんと地獄だね。
バニー事件、駅での会話……うっ、頭が……。
「というか、そろそろ黒咲との身の振り方を考えていかないと……」
黒咲が僕に向ける好意に僕は薄々感づいている。当の本人が自覚しているかどうかは不明だが、少なくとも僕は自惚れだと思われようと、そうなのだと考えている。彼女の発言の所々から、感情の片鱗が見え隠れしていたからだ。
僕は勿論、彼女に釣り合うことが出来る人間じゃない。頭の出来も運動も優しさも、全てにおいて彼女が勝っている。
”もし告白されたら”なんて皮算用どころじゃない黄金算用な妄想の話だけれども……いや、もう考えるのを止そう。これ以上悩んだところで頭が重くなるだけだ。せっかく勉強会を開いたというのに、知識が抜け落ちてしまうではないか。
色々と思案していたら、気付けば家に着いていた。誰も居ない家に向かって声をかける。
「ただいまー」
「おー、おかえり」
……は?
「はぁぁぁ!?」
リビングから聞こえてきた声に驚き、靴を脱ぎ捨てたまま揃えもせず、走ってドアを勢いよく開けた。
「そんなに急がなくても、な? 珍しく帰ってきたんだから」
ソファに座って、ちょっと高めのカップラーメンを啜っている……父さんがいた。
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