勉強会④
◆
……頼み申し上げた私が言うべきことではないのですが、いくら友人であるからといって自分がいない家に人を上がらせることは、如何なものかと。西宮さんも一緒なので互いに監視しあっているのだと思われていたとしても、もしも私達が共謀して彼の家に被害を与えるつもりであったのならば、それは小さな問題では済みません。
「不用心、大雑把……いえ、どちらも正しくはありませんね。ならばこれを、敢えて信頼と呼ばせていただきましょう」
私の番を待っている間に、そう呟きました。
「お待たせ〜」
西宮さんが出られました。次は私の番ですね。
帰りに廊下を歩いていると、西宮さんが動きをピタリと止めます。振り返ると、彼女の顔は邪な感情で埋まっていました。
「……用を足し終わったけど、ここからが本番ですぜ」
「その口調はどうなされたのですか」
「いやさ? 多々良部くんが居ない時に、多々良部くんの家にいるんだよ。こんなチャンス滅多に無いし、色々と探れるよ!」
「倫理は何処に置いて行かれたのでしょうか」
「倫政の選択は二年からだからまだセーフ」
「……はぁ」
西宮さんと初めて顔を合わせたあの日から、彼女は私の友人の中で最も親しい人の一人となりました。彼女が講義室に来られた時はあまり気に留めていませんでしたが、多々良部さんという接点があり、その仲は急速に深まっていったと自覚しています。
だからこそ、私は真っ先に彼女の裏の顔を知ることとなりました。裏と言っては大げさですが、初めて彼女と相対した時の、あの覇気……あの威圧感と打って変わり、西宮さんはかなり朗らかで明るい性格をしておられます。
話によれば、西宮さんの裏の顔を知っているのは彼女のご家族と、多々良部さんと、銀城さんと、そして私だけのようです。それ以外の方には、いわゆる”清楚”を取り繕っているのだとか。
……私達にしか見せない顔、という文章を聞くと恥ずかしいですね。まだ尋ねていませんが、多々良部さんもこのような気持ちだったのでしょうか。筆舌し難い、こそばゆくてむず痒い感情――
「ぐへ、ぐへへ。今更だけど多々良部くんの家なんだよねぇ。私だけだったら絶対に入れてくれなかったし……黒咲さんナイス!」
当の本人は、何やら興奮してらっしゃるようですが。
「駄目ですよ西宮さん。多々良部さんは私達を信頼してくださっているからこそ、私達に家を上がることを許可してくださったのです」
「分かってるって。だから今日のところは、家の間取りを把握するだけだよ」
……何故でしょうか、言葉の一つ一つから怪しさが滲み出ていると感じたのは。
それはそれとして、間取り確認もギリギリアウトなライン上に乗っているのでは!――と引き止める前に、西宮さんは和室と思われる部屋のドアを開けてしまいました。
「ひゅ〜っ、広い部屋だねぇ。……っと、あれ?」
「どうされましたか」
「いや、お仏壇を見つけただけ。……なんだけど、この写真に映ってる人って――」
そこには西宮さんの言う”お仏壇”がありました。木製の祭壇のような物です。仏像が置かれているので、間違いなく仏教で使われている祭壇だと確信しました。私達が使っている物とは所々異なりますが、似たような物なのでしょう。
……後ほど西宮さんから教えていただきましたが、この時の私は”お仏壇”で死者を弔うのだと存じ上げていませんでした。
それ故、続けられた彼女の言葉に、直ぐに反応することが出来ませんでした。
「――多々良部くんのお母さんじゃない?」
◆
流石に遅いと思った。プライベート、プライバシーに関わるので深く追及する気は無かったが、その気持ちを加味しても時間が経ちすぎている。
先程まで楽しげに銀城さんと話していたのだが、断りを入れて家に戻ることにした。嫌な顔せず、快く了承してくれた彼女には頭が上がらないな……。
で、だ。
いざ家に戻ってみると、和室のドアが開いているではないか。足音を忍ばせて除くと、二人が仏壇の前で何やら話しているではないか。
(大方、朱李の提案または独断暴走だろうな)
「何してんだ?」
声をかけると、二人が息を合わせたかのようにドキッと飛び上がった。
「すみません――」
「私がこけてドアが開いちゃってそれで興味が湧いただけであって悪気は無いと言いますかなんと言いますか――」
慌てた時の返事で二人の人となりの違いがよく分かる。それはそれとして、だ。
「言い訳は後で聞くとして、何を見てたんです?」
朱李に聞いたら余計な時間がかかりそうなので、黒咲に尋ねた。単純な興味以上に、二人を惹きつけた物は一体何なのだろうと。
黒咲は素直に答えてくれた。
「この、お仏壇を」
……見られたのだと理解した直後に感じたのは、恥ずかしさでも哀しさでもない。ただ知ってしまったのだという事実だけが頭の中で反芻する。
「こちらは……多々良部さんのお母様ですよね。ご逝去されていたのですか」
「えぇ、まぁ、そうですね。言ってませんでしたけど、うちには僕と父の二人しか居ません」
その父も今は遠くで仕事してる。だからこの家には僕一人だけだ。
「……なんで言ってくれなかったの」
声を出した朱李は見るからに不機嫌だった。
「言ってどうするんだよ。わざわざ言うようなことじゃない……分かるだろ?」
諭すように、柔らかい口調で言う。それが朱李の癇に障ったのか、彼女は更に語気を強めた。
「それでも……私は知りたかった! 多々良部くんの口から聞きたかった!」
我儘だな。別に僕の家庭環境なんぞ知ってどうにでもなる話じゃない……わけではなさそうだな。友人である以上、いずれは僕の母さんのことが話に出てきたり、何かしらの形で関わることもあるだろう。その時に”知らなかったから”という理由で僕を傷つけてしまわないように、母さんのことを知っておきたかったのだろう。
「……僕から言い出さなかったことは、まぁ、悪いと思ってるよ。でも故人のことを進んで話そうとは思わないだろ」
「そりゃ正しいよ。でも話す機会は何度もあったよ。あの学校を回った日とか……」
「……」
何も言い返せなかった。言葉にし難い感情が胸の中で渦巻いていた。朱李の目は変わらず、僕はだんまり。
そして黒咲は、ずっと僕の目を見続けていた。
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