勉強会③


「それにしても……女性が異なるタイミングで建物に入るとは、まるで恋愛禁止アイドルの現場のようではないか」


「銀城さんもそんな冗談言うんですね」


「昼ドラがお好きなようですよ?」


 黒咲さんから教えられた情報に僕と朱李は少し驚き、銀城さんは手を頬に添えて恥ずかしがっていた。


「いや、好きというか……ちょっとドロドロした関係のドラマが好きなだけだ」


 昼ドラだ。


「新婚夫婦の前に現れる過去の恋人とか――」


 昼ドラですね。


「偶然目撃してしまったパートナーの浮気現場から始まる暗い話が好きなだけだよ」


 昼ドラじゃないか。



 勉強が一段落つき、休憩を取ることにしました。銀城さんの紅茶、私が持参したお茶菓子、そして西宮さんのミニボードゲームを楽しみながら。


 多々良部さんのお部屋にはゲーム機がありましたが、流石に勉強会でテレビゲームをするわけにはいかないと、私からお断りをさせていただきました。西宮さんは乗り気のようでしたが……。


 ちなみにゲーム結果は、銀城さんが流石の動体視力でサイコロとルーレットを狙いの目でピタリと当て一着を獲り、多々良部さんは二着、そして私は運悪く最下位で、西宮さんが三着でした。ボードゲームはあまり経験がなく、慣れていなかったので……いえ、これは言い訳になりますね。見苦しいです。次にする時は、必ずや上位を獲れるようにと胸の中で決意しました。



「休憩はこの程度にして、勉強を再開しましょう。先程は数学を重点的に勉強したので、次は英語ですね。まずは仮定法を押さえて、その次に分詞構文をします。独立分詞構文とIFの省略が範囲なので、そこを復習します」


「「はい」」


「うへぇ、大変そーだね」


 勉強会を提案し企画したのは私。やるとなったら妥協はしない。あの部屋で多々良部さんに教えたように、西宮さんにも銀城さんにも手加減しません。


 ……今までは男性を恐れるばかりに、こういったイベントを行うことが出来ませんでした。別に悲しくも何とも思いませんでしたが、いざ経験してみると、友人と勉強することで心が満たされていく感覚がします。人は失って大切なものに気付くと聞きますが、逆に得ることで気付く幸せもあるのですね……。


 あの時は……あの男に襲われかけた時は、私が失わされる側でした。結果として失いませんでしたが、あの時確かに、私は失ってはいけない大切なものを自覚したのです。……だからこそ、私は男性を嫌ったのです。


 そんな私の心を溶かしたひと。私は多々良部さんにとても感謝しています。


 偏屈で、意地が悪くて、頑固で、人にあまり優しく出来ない自分ですが……強欲にも、私は多々良部さんと過ごしていきたいと思っていますね。



「――お疲れさまでした!」


「ぅぅ〜……終わったぁ!」


「過去一で濃密な勉強時間を過ごした気がする……」


「ずっと座っていると、結構身体に疲労が貯まるね。君たちも気をつけて」


 背伸びをし、その勢いのまま後ろにバタッと仰向けに倒れる。首を少し上げて見てみれば、皆も顔に疲れが浮いて見えた。


 そのまま窓の外を見てみれば、日が暮れてきている。


 夏が近い。夕日の明るさに反して時刻は遅いだろう。これ以上遅くならないうちに、彼女達を安全に家に帰すために、もう解散した方が良いだろう。


「目的は達しましたし、これで解散ですね」


「そうですね。短い間でしたが、お疲れさまでした。この時間がテスト結果に繋がっていただけると私も幸いです」


「あそこまで勉強したら、逆に悪い点数を取る気しないけどね」


 そんな軽口を叩き合いながら、僕達は片付けをする。といっても手荷物だけなので早めに準備が終わり、あっという間に玄関へ移動した。



「今日は本当にありがとうございました。メグさんが提案してくれたおかげで、テストへの自信が出てきました」


「そう思っていただけたら嬉しいです! ……では、さようなら」


「またね〜♡」


「さようなら」


 互いに手を振り、別れの挨拶をする。今生の別れというわけでは決してないのだが、また明日にも会うことは出来るのだが……しんみりとした気持ちになる。その気持のままドアを閉めようとすると――


「あ、あのっ!」


 ドアの隙間から見てみると、黒咲と朱李が家の前に立っていた。僕の姿を目視すると、二人はこちらに駆け寄ってきた。


「何か忘れ物ですか?」


「いえ、そういうわけでは……その、お恥ずかしいのですが、お手洗いをお借りしてもよろしいでしょうか」


「私もお願いしていい?」


「全然構いませんよ。……でも帰りはどうします? 銀城さんが側にいれば、夜道でも全く問題ないと思っていたんですけど」


「銀城さんならば、あちらに」


 彼女は家の前を指し示した。そこには軽く手をふる銀城さんの姿が。


「一緒に帰ることは変わりないんですね。それなら安心しました」



 二人が家の中に入ったことを確認し、だからといってこの状況で家の中にいるのも気恥ずかしいものがあるので、二人が出てくるまで銀城さんと雑談をすることに。


 今日、彼女が昼ドラ好きと知ることが出来たが、他にも彼女のことが知りたい。自信を持ち、強く在る人。尊敬する対象として、知りたいことが山程あったから……。


 

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