勉強会②
土日が空き、月曜日になる。
少し早いが、参考書を手に二宮金次郎が如く登校している生徒を見かけた。明日からテスト期間に入るのだ。そしてそれはつまり今日は、黒聖女、騎士様、そして変態が僕の家に訪れる日であるということ。
(だ、大丈夫な筈だ。休みを使って部屋は掃除したし、元々いかがわしい物は持っていない。見られて困るものも無い)
これが男友達なら何も気を使う必要なく、多少無遠慮にしたところで問題なかったのだろう。だが今回は全く違う。初めて女子を我が家に招くのだ。緊張しない訳がない。
……あの時は黒咲達の押しに負けて、つい承諾してしまったが、やはりもっと熟慮してから、やんわりと断るべきではなかったのではなかろうか。女子を家に招き入れること自体はそこまで珍しいことではないのだろうが、ゲストが豪華過ぎて、これがバレたら今度こそ学校生活での僕の命が危ぶまれる。そこは彼女たちも把握しているので、時間差で僕の家に訪れることになっているのだが。
「入学当初は平穏な学生生活を過ごせると思っていたのに……」
いつ、どこで、何が狂ってしまったのか。……答えは分かりきっている、あの部屋での出来事からだ。あの時から僕という存在が黒咲の目に留まってしまい、地獄が始まったのだ。
黒咲達と過ごすのは楽しい。だがそれはそれとして、厄介事が舞い込んでくることはあまり嬉しくない。波乱万丈、刺激に満ちている生活と言えば聞こえは良いが、今は彼女達に振り回されているだけ。
……その状況を、胸の奥底で、ほんの僅かにワクワクしている自分がいるのは、認めたくないけれども。
「――よし。何回も確認したし問題ないな」
最後に家を一回り確認していると、玄関のベルが鳴った。まず初めのお客様だな。
「こんにちは、多々良部さん。今日はお邪魔させていただきますね」
初めにやって来たのは、提案者の黒咲。
「どうぞごゆっくり」
「こちらはつまらないものですが、お茶菓子を。多く持ってきているので、皆さんで一緒に食べましょう?」
「じゃあ先にお湯を湧かしますね。あ、僕の部屋は廊下を真っすぐ行って右に曲がった奥の部屋です。先に行っておいて下さい」
僕はそう言い残し、キッチンへお湯を沸かしに行った。
◆
多々良部さんはキッチンへ向かわれてしまった。残された私は、彼の指示通りに部屋へ向かう。『琥珀』と書かれたプレートが掛けられているドアの前に立ち、ドキドキしながら部屋に入る。
――淡白な部屋だった。私達が訪れるので掃除等を行ったと思われるが、それを抜きにしてもあまり特徴がない部屋。
人の部屋には個性が表れる。小物だったり、写真立てだったりが置かれるのは勿論、ミニマリストな方でも、使用している家具からその人の個性を読み取ることが出来る。
彼の場合、適切な位置に適切な家具が置かれているだけ。唯一目を引くのは、大きな椅子にゲーム機とディスプレイが置かれた机。彼はゲームが趣味だと聞いているので、おそらくそれだろう。
「……ん、あれは何でしょうか」
無礼だと知っていたけれども、初めて訪れる”男の人の部屋”に落ち着かず、部屋をジロジロと見渡してしまった。すると、ある物を見つけた。
「写真立て、でしょうか。今は写真が抜き取られているようですが……」
木製で、鳥の飾りが施された写真立て。ありふれた製品のようだが、だからこそ、この部屋において異質な存在に思える。先程まで気付かなかったのに。
「……不躾な観察はこのくらいにして、そろそろ勉強道具を広げておきましょう。多々良部さんは数学が苦手だとお聞きしましたね。西宮さんも同様。銀城さんは苦手科目が無いので、得意を伸ばす形で行いましょうか」
口に出して勉強の予定を確認していると、部屋の外で微かにベルの音が聞こえた。銀城さんが訪れたようだ。
◆
「やぁ、今日はお世話になるよ」
「……一旦帰ってから来たんですか?」
フレンドリーに片手を上げて挨拶する銀城さんの服装は、私服だった。高い身長と長い脚を活かすピッチリとしたデニムに、袖に余裕があるトップス。そして手には紙袋を持っていた。
「時間に余裕があったからね。そう言う君も私服のようだが?」
「まぁ、そうですけど。何も問題ありませんし、ちょっと気になっただけです」
「そうか。あ、これは君にプレゼントだよ」
手に持っていた紙袋を渡される。
「開けてもいいですか」
「構わないよ」
マスキングテープでされた封を丁寧に剥がし中を覗いてみると、紅茶のティーバッグと思われるセットが入っていた。
「黒咲さんがお茶菓子を持って行くと言っていたので、ならば私はお茶をと思ってね。それは私の両親も気に入っている物で、味は保証するよ」
「わぁ、ありがとうございます! 丁度お湯を沸かす準備が終わったところなので、早速使わせていただきますね」
「喜んでもらえて嬉しいよ。それで私は何処に行けばいいのだろうか?」
「廊下の突き当りを右に曲がって奥の部屋です。メグもそこで待っていますよ」
「ありがとう」
銀城さんは靴を丁寧に脱ぎ、綺麗に揃えてから部屋へと向かった。今見て気付いたのだが、黒咲も靴が整えられている。……こういうところから、”黒聖女”や”騎士様”といった呼び名が付くのだろう。
僕はキッチンに戻り、お湯を沸かそうとガスコンロに手を付けたタイミングで再びドアのベルが鳴った。
「……予定より早いんだが」
玄関に向かうと、そこには既に靴を脱いで立っている朱李がいた。
「不法侵入か?」
「合法侵入だよ。多々良部くんが招いたんだから、別に良いじゃない。それに昨日、『勝手に入ってくれて構わない』って言ってたでしょ」
「えっ!? そんなこと言ってたっけな……」
「言ってなかったよ」
「帰れ」
「や〜だよっ! あ、これは君にあげるね」
ナイロン袋に入った何かを僕の押しつけ、後はそう言い残して僕の横を通り過ぎ、廊下を歩いていく。
「あっ、おい、部屋は――」
彼女は廊下の突き当りを右に曲がり、その足音は最奥辺りで止まった。
「なんで僕の部屋の位置を知ってるんだよ」
おそらくは黒咲から電話か何かで聞いたのだろうが、それも彼女達の情報伝達スピードを恐ろしく感じさせる。どちらにせよ、先程の朱李の行動は怖かった。
「……深く考えない方が良い。この世の中には、知らない方が良いこともある。そうに違いない」
自分に言い聞かせるようにしながら、お湯を沸かして紅茶を淹れた。確かめて一口飲んでみると、僕には少し苦く感じた。……袋には『sweet』って書かれてたのに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます