勉強会①


 あれから数日が経った。その間、昼休みに黒咲達に会ったり、帰ってから彼女に電話することも何度かあった。


 そして幸運と言うべきことは、黒聖女ファン過激派からの接触が一切無かったこと。……いや、そのような団体が存在するという話は噂ですら聞いたことがないのだけれども、只ですら人気者の黒咲と同席していたというのに、そこに加えて銀城さんと朱李もいたのだ。男女両方に嫉妬されるのは目に見えていた。


 だが平穏な日々は守られ、何事もなく時間は過ぎていった。喜ぶべきことなのだろうが、こうも面倒事が起きないと逆に不安になる。


 心に一抹の不安を抱えながらも登校し、午前中は普段通りに授業を受ける。


 ただ、ここからが少し違った。いつもなら教室で弁当を食べるところを、あの日から学食で食べることになった。俺が立つと朱李も立ち上がる。


「多々良部くん、今日も行く感じ?」


「あぁ。というか行かないと後々が面倒そうだ」


「あはは〜、確かにね。黒咲さんって男の影が一切無かったから知らなかったけど、気に入った人に対しては気持ちが重い女の子だし」


「それは朱李にも当てはまるからな? お前もメグに結構気に入られてるし」


「かもね」


 雑談をしながら学食に向かう。その途中の購買でパンを買い、それを手にして再び歩き出す。


「そういや黒咲さんから聞いたんだけど、勉強会の開催地候補が決まったんだって」


「何処?」


「多々良部くんを驚かせたいからって、内緒らしいよ。だから教えられない。教えないんじゃなくて、教えられないの」


「その言葉で色々と察したんだが……」




 あっという間に学食に到着し、入り口で黒咲達を探す。学食に定席など無いので、混み具合や場合によってまちまちだ。といっても、数日経てばどの辺りの席にいるかは予想できる。


 黒咲の目立つ金髪が直ぐに目に付き、俺は彼女の元へ向かう。朱李は弁当を持ってきていたのだが、少し足りないと言い唐揚げ四個を注文している。直ぐに追いつくだろう。


「こんにちは、多々良部さん」


「こんにちは」


 黒咲と銀城さんが挨拶をする。何度も通っていると、慣れたものだ。


 僕が席に座ると同時に朱李が追いつき、僕の隣の席に座る。初めの頃は席についてとなるとピリピリした空気を纏っていた二人だが、今では落ち着いている。これも慣れなのかもしれないな。


「それじゃ、先に食べましょうか」


 僕らは昼食を食べ始めた。黒咲と朱李は弁当を、銀城さんは学食の日替わり定食を、そして僕は安定のパンを。


 銀城さんはご両親が忙しいらしく、ご自身も料理があまり得意でないので、基本的に学食で食べていたらしい。僕と似た理由にシンパシーを感じた。……かと言って自分の事情を話すわけにはいかないけれども。




 昼食を終えたが、学食は混んでおらず午後まで時間が空いているので、ここで雑談することになった。自販機で買った飲み物片手に。


 余談だが、銀城さんと朱李はミルクティーを買って、黒咲はグレープジュースを、僕はアイスココアを買った。グレープジュースというチョイスに一瞬だけギョッとしたものの、飲み物の嗜好は人それぞれだと納得した。いやバカにしてるわけじゃないよ。でも意外だったというか……。


(それはそれとして――)


「多々良部さん、西宮さんから勉強会についての話はお聞きしましたか?」


「聞きましたよ。それで候補は何処なんですか」


「……お願いします、!」


「嫌です」


 即答だ。


「なんでですかっ!」


「なんでも何も、常識で考えて不謹慎でしょ」


 女子三人が男子の家を訪ねるなど、周囲に耳に入ったら弾劾待ったなしだ。彼女の思考を完璧に把握することなど不可能だから、一概に貶すことは出来ないけれども……あまりに倫理を弁えてなさすぎる発言に驚きを隠せない。


「う……」


 黒咲は口をつぐんでしまった。


「黙っちゃった黒咲さんに変わって私が教えるね。初めは何処かの教室を借りようとしてたらしいんだけど、テスト前だからあまり大胆な行動は出来ないんだって。で、折角だから集中できる一部屋にしようってことになったんだけど……」


「私の家は厳しくてね。朱李くんの家は丁度ご両親がおられない時間帯で許可が下りず、黒咲さんは……言わなくても分かるね?」


 朱李に続き、銀城さんが説明した。


 ……なるほど消去法で僕の家が良さそうだってのは理解した。でも納得はしない。


「僕の家を使うこと自体は問題ないですよ。親は遠くで働いてますから。……でも流石にこの四人で、というのは……」


 ちらりと周りの三人を見て、視線を落とす。そりゃ仲の良い人達で集まって勉強したいという欲はある。でも心の制御装置が許さない。


「とにかく、皆さんが危険な目に合わないためにも、この案は却下ということで――」


「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 結論を出そうとした僕の言葉に割り込み、黒咲が止めた。


「私達が危険な目に合うことは無いと思います」


「……なんでそんなことが言い切れ――」


「――だって、貴方とじゃないですか」


「ッ!」



 そうだ、彼女にはあの部屋での記憶がある。女子と密室に閉じ込められておきながら一切襲う素振りを見せなかった、ヘタレと呼ばれたあの日々を、彼女は知っている。


「私を滅茶苦茶にする機会は何度もあったにも関わらず、貴方はずっと誠実であり続けてくれました。だからこそ、私は貴方と今、ここで、話せているのです」


 清廉な目で黒咲は語りかけてくる。


「……貴方が思っているよりもずっと、私達は貴方に信頼を寄せているのですよ?」


 斜め前、横を見てみれば、二人も頷いている。彼女達から送られる信頼をこそばゆく感じながらも、肩が重い。……信頼には応えなければならないから。


「……はぁ」


 深い溜め息と共に、僕は机の上の右手でサムズアップする。それは”許可”の合図。


「ふふっ、ありがとうございます♡」


「宜しく頼むよ」


「多々良部くんの家かぁ……楽しみだなぁ♡」




(なんだよこの状況……地獄かよ)


 黒咲と会った時点で、いやあの部屋に閉じ込められた時点で、僕の運命は困難に満ちたものとなったらしい。


 もう一度言おう。……地獄だ。



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