初電話


「……うしッ、この補給とって……背面攻撃」


 学食での小さな騒ぎが会った日。家に帰って早々に課題を終わらし、テスト勉強も済ました上で時間が空いていたので、ゲームに興じることにした。


 今日は巨大なモンスターを狩っていくタイプのゲーム。自分はシンプルに大太刀を使用している。癖のある武器も使ってみたのだが、やはり大太刀が自分に合っていた。その刃を振り大きな獣を狩っていく様は、この歳になっても心が上がる。全男子の夢だと思うね。


「あとゲージが一つか……削りきれるかな。ワンチャンこっちの回復が先に切れたりするかも」


 勿論ソロで潜っている。そりゃ集団で戦わなければ勝てないような相手のクエストは受注しないけれども、ある程度ならばソロで片付けられる。それでも今回は久々のプレイだったのでミスが多発し、危うい状況となってしまった。


 ……実は小さい頃に別シリーズでマルチをやったこともあるのだが、恐ろしいことに初回で悪質な指示厨と妨害厨に遭遇してしまい、心に傷をつけられた。幼いながら社会の闇を体感した。あれ以来、集団で狩ることを忌避している。


「ま、今となってはどうでもいいけど。ソロゲーで楽しめればそれでいいし」


 言葉とは裏腹に、あの時の怒りをぶつけるかのように攻撃コマンドを力強く押す。


 すると放った斬撃が偶然敵の急所に当たり、相手は体勢を崩す。その隙に強烈な一撃を放って首を切り落とし、竜のモンスターは倒れた。


「今回は運が良かったな。じゃ素材を回収して……っと、まぁまぁかな」


 ロビーに戻り、セーブしたのを確認してからゲームの電源を落とした。凝った肩と背中をほぐすために”ぐ〜”っと背筋を伸ばすと、不意にスマホが目についた。


 するとタイミングよく電話の呼び出しが鳴る。呼び出し主を確かめると、つい最近連絡先を交換したばかりの黒咲からだった。何事かと思いながら、応答をタップする。


「黒咲さん、どうしましたか?」


『……メグです』


「あっ、すみません。気が抜けると慣れた方の呼び方になっちゃうんですよね」


 『次会った時に気をつけていただければ。……いえ、やはり慣れませんか。急なお願いでしたので、私に咎める権利は無いのですけれども』


「徐々に馴染んできますよ。それで要件は?」


『いえ、特にありません』


 無いんかい。


『夜分遅くにアポ無しでかけてしまったことを謝罪します。……ただ、貴方と電話で話してみたかったのです。このような経験も、しておきたかったので』


 ふむ、女子同士ならば電話することもあると思うのだが……おそらく男と電話する機会がめっきり無かったのだろう。初めての男友達が出来て浮かれているのかもしれない。


「そうですか。じゃあ寝る前に少し話しましょうか」


『ノリが良いですね、多々良部さん』


「別に。気分ですよ」


 スマホを耳に近づけたまま、ベッドにボスッと倒れるように寝転んだ。部屋の明かりが眩しく感じないように、腕で両目を隠す。


『……やはり多々良部さんは優しいですね。ふふっ』


 俺が優しいなど……優しいのはそっちの方だろうに。


「含みを持たせた笑みは止めて下さい」


『下心など何もありませんよ。……ただ、私が男性とする”初めて”の電話を奪ったのは多々良部さんなのですね、と考えただけです』


「”初めて”の部分を強調するのも止めて下さい」


『多々良部さんが私を愛称で呼ぶことに慣れてくだされば、可能性があるかもしれませんね』


 こんな軽口を叩き合いながら、夜のお喋りに移っていった。




『先程までは何をなさっていたのですか?』


「ゲームを少し。あ、ちゃんと課題は終わらせてますからね」


『メリハリをつけているのならば何も問題ありませんよ。ですがテストも近づいているので、お気をつけて下さい』


「テスト勉強もぼちぼち進めてます」


 叡蘭に編入して初めての期末テストなのだ。中間は良くも悪くも普通の点数だったので、今度は中の上に入り込めるように頑張るつもりでいる。だからこそ、娯楽と学習をハッキリ分けている。


『私が”あの部屋”で教えたのです。良い点数を取っていただかなければ困ります』


「そういうメグさんは大丈夫なんですか? 結構な自信がお有りのようですけど」


『常に学年の上位層には位置していますよ』


「自慢ですか?」


『自慢じゃないです、自信です。積み重ねていれば、自ずと付くものです』


 なるほど伊達に”黒聖女”と呼ばれていない。真面目に学業へ取り組み、その姿勢も加味されて聖女というイメージが定まったのだろう。


 それほどの実力ならば是非とも、もう一度教えてもらいたいところだ。……と思っていると、黒咲から元気な声で提案が出される。


『そうです! 銀城さんと西宮さんも交えて、勉強会を開いてみませんか!?』


「勉強会、ですか?」


『はい。実のところ、西宮さんと雑談したときに勉強会の意見も出されたのですよ。今日の放課後の前に、ですね』


(やはり朱李と黒咲が裏で交流していたことについてはスルーして、”勉強会”か)


 友人と何度か開いたことがあるが、あくまで男友達だけ。女子と勉強会をするなど、まして男が僕一人だけとなるとかなり厳しい状況となるのだが……。


 しかしテストで高得点を取りたい欲求があるのもまた事実。背に腹は代えられず、気付けば彼女の提案に承諾していた。


 日時はテスト期間に入る前日。テスト期間には各々のしたい科目があると思われるため、期間へ入る前に、一日だけ取るという計画らしい。


 二人に予定の確認を取るということで一度電話を切り、その間に歯を磨き終えると、丁度電話が震えた。


 メールには、こう書かれていた。



『お二人の予定が合いましたので、先程申し上げた予定通りに。それでは、楽しみにしていますね!』



「……テスト勉強会って、楽しむようなものじゃないはずなんだけど。何か企んでんのかな」


 どことなく不穏な空気を漂わせたまま終わった勉強会の予定だが、ここで致命的なミスを思いついてしまった。


「――あっ。そういや”何処でするか”を決めてないじゃん」




 ……何故だろう、不安な気持ちが広がっていくのは。スマホの向こうで笑みを浮かべる黒咲を幻視すると同時に、僕の心は急降下していった。



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