放課後③
深く考えなくても、当然として起こりうる出来事だった……美人が三人、一つのテーブルに集まっているのだから。その中の二人は学園全体に名が知られており、もう一人については名が知られずとも整った顔立ちをしている。嫌でも目についてしまうだろう。
――そんなグループの中に紛れ込む異物、つまり僕にも注意が向いてしまうのも当然のこと。テーブルの横に立つ人達の視線からは、困惑、疑念、嫉妬などの感情が読み取れる。今朝から時折送られるようになったものだが、何度感じても決して嬉しいものではない。
「黒聖女様が男と一緒にいるわけないし……どういう関係なんだ?」
一人の男子が代表して質問してくる。僕はちらりと黒咲の方を見て、少し考えてから答えた。
「只の友人ですよ」
一番無難で、一番安牌な回答。変に付け足しても違和感を覚えられるし、だからといって言葉足らずでは誤解を招いてしまう。ここで”知り合い”と答えてもよかったのだが、そうすると黒咲が何を言い出すか……爆弾を落としかねないし、やはり無難な回答がベストだな。
その証拠に、”友人”という言葉に満足したのか黒咲が笑みを浮かべていた……のだが、黒咲の笑顔とは反対に、立っている生徒達の表情は暗くなっていった。
「そ、そんな……」
男子生徒はそう呟いて身を引き、代わりに女子生徒が前に出てきた。
「く、黒聖女様、本当なんですか?」
「えぇ、そうですよ」
即答だった。その様子に再び彼らは驚愕する。
「でで、でも黒聖女様は男が苦手なはずじゃ」
「……彼は特別です。詳細は話せませんが、彼の誠実さに心動かされたのですよ」
黒咲の言葉は、特別声量が大きいわけじゃなかった。それでもこの時は、学食全体に響いたかのような気がした。
黒咲の言葉が正しいのかどうかを尋ねるために、女子生徒は銀城さんを見る。すると彼女は意味深な笑みを浮かべ、女子生徒は何か悟ったのか納得したのか、または諦めたのか、彼女も身を引いた。
そのまま彼女らは学食から去っていった。僕に訊かれた時は何か騒動でも起こるのではないかと内心焦っていたが、幸いにも危険なことは起こらなかった。
「さて、話の続きをしましょうか」
「メグさん、空気を読みましょうよ……」
この空気感で話を続けようとするその勇気に呆れる。そして朱李も満更でもなさそうなのが余計に呆れさせる。
「ま、一時は危うい雰囲気になったけれども、結果的に何事も無かったじゃないか。黒咲さんも重い流れを変えようとしてくれたんだよ」
「そりゃそうかもしれませんけど……」
「では、色々と話しましょうね」
今後の予定を話し合った。……いや、話し合ったと言うより”強制的に決められた”と言う方が正しい。予定が決まってなかった自分もあれだけど、強引にスケジュールを立てる二人に辟易とした。そしてそれを穏やかな視線で眺める銀城さんにも。
……気が付けば下校時間となり、人がいた学食はすっかり静かになっている。
「もう時間ですね。帰りましょうか」
「そうだね。あ、私達は鞄を取りに行かないと!」
「だな。じゃあここで解散ですね」
「名残惜しいですが、また明日」
「多々良部くんと朱李くんも、さようなら」
お互いに挨拶をして別れ、二人は帰路につき、僕と朱李は教室へ鞄を取りに行った。その途中に朱李が話しかけてくる。
「……騙しちゃったのは悪いと思ってるけど、楽しかったでしょ?」
「二人のことか? そりゃ優しい人達だし、一緒に過ごせて不快な気なんか起きないよ」
「でもさ、多々良部くんは嫌そうにしてる時が何度かあった」
横を見れば、朱李が僕の心情を見透かすかのような目でいた。初めて見る表情に心が揺れ、無意識に心の内を吐露していた。
「……有名で人気がある人達だから、僕なんかが関わってたら周りに嫉まれる。それが憂鬱になってただけだ。決してメグと銀城さんが嫌になったわけじゃないよ」
「うん、知ってる。君が小心者でヘタレなことも知ってる」
「そんなに知ってるなら、訊かなくてもよかっただろ」
(あと小心者とヘタレって、微妙に意味が重なってるからな?)
「……じゃあ、私は?」
「は?」
「私は二人みたいに有名じゃないよ。黒咲さんより可愛くないし、周ちゃんみたいにカリスマがあるわけでもない。良く言えば庶民的、悪く言えば映えない」
自分を卑下する言葉が続いた。彼女自身がそうなのだと信じているのだとしても、聞いていて楽しいものじゃない。
「だからさ……その――」
階段の踊り場で、朱李は立ち止まる。何か恥ずかしげに、もじもじとした様子だ。僕は何となく察した。
「あんまり自分のことを悪く言うなよ」
「――はへ?」
「確かにお前の言う通り、あの二人は凄い人達だ。でも、だからって朱李が劣ってるだなんて思う必要はない。朱李が僕を知っているように、僕も朱李のことを知っている。朱李も大切な友人だよ」
らしくない言葉をかけてしまった。でも自己嫌悪に陥っている朱李を無視できるほど、僕は薄情じゃないから。
慰めの言葉をかけた途端、朱李は頬をほんのり赤く染める。……分かっていたことだけれど、恥ずかしい。まるで物語の登場人物が言うような言葉を放ってしまったことが。だから途中で朱李が気の抜けた声を出していたことに気が付かなかった。
だが、朱李は嬉しそうにしている。
「そ、その言葉が嬉しいよ。ありがとう、多々良部くん」
……踊り場に差し込む夕日で、僕の顔が橙に染まっていてよかった。そう思う。
「じゃ、多々良部くんが厨ニ臭い言動をしたところで教室に急ごう!」
「まるで別人のような動きにびっくりだよ」
五秒にも満たない停滞の後、人が変わったかのような元気を見せる朱李。僕の横を駆け足で通り過ぎ、僕を置き去りにして先に行ってしまった。
「……朱李も黒咲も、良い奴なのに何処か残念なんだよなぁ」
そうぼやき、僕も駆け足で彼女の後を追った。
「……『黒咲さんはレベルが高すぎるから、私くらいで我慢した方が良いよ』って意味だったのに。多々良部くんの、バカ。……でも回りくどい攻め方じゃ駄目なんだね。やっぱりストレートに攻めなきゃだ」
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