放課後②


 ずっと立ちっぱなしなのは行儀が悪いと思い、黒咲に言われるがまま空いている席に着いた。朱李もちゃっかりもう一つの席に座っている。


 僕の隣が朱李、対面に黒咲、そして黒咲の隣が銀城さんという席。その状況に不満を覚えたのか、黒咲の眉間が少し揺れた気がした。それと同時に朱李が黒咲に向けて挑発的な笑みを浮かべたことについては、見なかったことにしておこう。



「で、僕は二人に嵌められたってわけですね」


「端的に言えば、そういうことになりますね」


「端的にしなくてもそういうことでしょうよ。急すぎる提案だと思ってたら、まさか黒咲さんと朱李が裏で繋がっていただなんて……」


 項垂れる僕を見ながら、変わらない笑みで黒咲は言う。


「貴方のような人を攻略しようというのに、私一人の浅知恵では到底敵いそうにありません。よって友人である西宮さんにご協力頂いたのですよ」


「私の方にもメリットがあったしね。なんてったって、多々良部くんとの放課後蜜月デートできたんだから」


「はいはい。で、これから”黒咲さん”は一体何を――」


「ちょっと待って下さい」


 軽い調子で言う朱李の言葉を軽く聞き流し、本題に入ろうとした。だがそれを中断させるように、黒咲の言葉が入ってきた。


「……なんですか?」


「私のこと、”メグ”と呼んでほしいと申し上げたはずですが」


 途端、三日前のあの日の風景が脳裏に想起された。忘れるはずもない。あれのせいで、この三日間ずっと頭を悩ませることとなったのだから。


「……黒咲さん、それは――」


「メグです」


「黒咲さん」


「メグです」


「黒咲さん」


「メグです」


「くろさk――」


「メグです」


「分かりました。僭越ながら、これからはメグと呼ばせて貰いますね」


 もう諦めよう。俺と黒咲が何らかの関係性を持っていると周囲に知られた以上、今更愛称で呼んだところで、だ。……なんかヤケになってきている自分が怖いな。


 それに僕も強情になろうものなら、隣で呆れた目で見てくる騎士様が怒りかねない。ただですら黒咲の対応を任せっきりなのだから、せめてこれくらい我慢しなければ。


「っ!」


 僕が"メグ"と呼んだ瞬間、黒咲は頰を綻ばせた。このような純粋な笑みを見たのは、三日前の放課後以来か。……そのイヤンイヤンとでも言うような仕草には微かな苛立ちが湧き上がるが。


 そして朱李は、謎のドヤ顔を見せる。


「ふ〜ん? ま、まぁ私は多々良部くんから名前の呼び捨てで呼んで貰ってるし? 全然負けてなんかいないんですけどね?」


「何を張り合ってんだよお前は。というか負けてるってなんだよ」


 いや、どちらも"呼ばせてきてる"という点で同じだった。これ以上、この話を広げるのは無用だな。




「それで、何が目的で僕を呼び出したんですか」


 逸れた話を修正するように、少し声量を大きくして言った。黒咲も表情を改めた。


「はい。実は多々良部さんと過ごす時間が欲しいのです」


「えっ!?」


「は?」


 その言葉に朱李はギョッとするが、僕には言っている意味が分からなかった。時間を一緒に過ごすというのならば、既に目的は達成されているはずだ。


「あぁ、今この場でのことではありませんよ? 西宮さんは、私の言いたいことを理解していただいているようですが」


 肯定するかのように朱李はゆっくりと頷いた。


「訳すると、君とデートがしたいと言っているのだよ。私の主人は」


 銀城さんの補足が入り、ようやく理解した。理解しても、納得できなかった。


(え、そう言えば朱李もサラッと言ってたけど、デートって現代人にとって気軽な言葉なのか? デートの健全な今の方が主流なのか?)


 男女が私的に共に時間を過ごすという定義を取れば、やはり彼女らの言うことの方が正しいのだろう。しかし、こうも何度もデートという単語を使われると心が乱される。現に、周囲で僕らの話に聞き耳を立てている人たちは唖然としている。


 ……嫌な予感がする。


「ぐ、具体的には一体何をしたいんですか? 内容次第では、一考の余地があるかもしれませんよ?」


「やけに上から目線な回答ですね。……それほど貴方が焦っているということでしょうか。ならば更に提案を重ねてもよろしいでしょうか?」


「やめてください」


「そうですね……まずは何処かへ遊びに行きましょう。それが終わったら、テストも近いのでテスト勉強をしませんか? テスト休みにもう一度遊んで、それからシスターに会っていただきます」


 僕の静止を聞かず、話はどんどん進んでいく。


「ナイスな予定だね。私も参加して良いんでしょ?」


「勿論ですよ。朱李さんも銀城さんも、皆さんで一緒に過ごしたいです。それもまたデートでしょうし。……銀城さんは如何ですか?」


「私は構わないよ。それで目的地はどうするんだい?」


 最後の砦かと思われた銀城さんが、光の速度で陥落した。それも結構乗り気っぽく。……光の速度で銀城さんを見る僕の目が変化していった。やれ、最近は暴走しかけている黒咲のストッパーになってくれると信じてたのに……。



 それはそれとして、重要な質問がある。これだけは聞かなくては。


「……僕達だけってことはないですよね?」


「いえ、私達だけですが?」


「僕は反対します!」


「何故でしょうか?」


「君が断る理由は無いと思うのだが」


「こんな美少女達に囲まれて遊びに行けるんだよ? 男なら両手を挙げて喜んでると思うんだけどなぁ」


「こんな綺麗な人達だから居辛いんだよ。今もだけど」


 聞き耳を立てていた人たちは、とっくに席から離れている。その代わりに、彼らの友人にこの状況の話を伝播させている様子がここからでも見えた。


 嫌な予感は増していく。


「……まぁ、僕は根暗な野郎らしいので。そうですよね、メグさん?」


「うぐっ」


 僕の呟きを聞き、黒咲は喉を詰まらせたかのような声を出す。その姿を見て、事情を知っている朱李と銀城さんは呆れたような、悲しそうな表情を見せた。


「……黒咲さん、何やってるんですか」


「黒咲さんの事情は理解している。彼を疑わなければならない状況だったことも聞いている。責められない分、彼女自身が苦しいところだろう」


「あっ、あの部屋でのことは仕方がなかったんです! あの後仲直りしましたし、今では友人関係を築けているではありませんか!」


「いや僕が意地悪に言ったのが悪かったので、あまり大きな声を出さないでいただけると……」


 黒聖女の大声だというだけで周囲の注目を浴びるのに、微かな羞恥を含められると余計に周りの視線を集めてしまった。


 そして僕の悪い予感が的中する。




「おいアンタ。黒聖女様と何の関係なんだよ」


 同学年と思われる在来生が数人、僕の方を向いて立っていた。



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