昼休み


「今日は大変だったねぇ〜」


「何を他人事のように、……って他人事だったわ」


「多々良部くんが偽名を出したせいで、私も関わりかけてたようだけど。危うく他人事じゃなくなるとこだったけど」


「それはマジでごめん……」


 隣で弁当を食べている朱李と話しながら、僕は購買に行かず机で項垂れていた。原因は勿論、登校中での出来事だ。


 あの後、自分も急いで自教室に向かい、チャイムギリギリで席に座ることができた。そのことは幸運だったのだが、不幸だったのは……それは僕と黒咲が親しげに会話していたという話が、予想よりも速く学校中に出回っていたこと。


 つまり、F組のクラスメイトにも早々に噂が伝わっていたのだ。


「おい多々良部、お前って黒聖女様と……仲良かったのか?」

「なんで内緒にしてたの〜?」

「……もしや多々良部って俺たちの同志なんじゃね」

「でもそれだけだと、あの鉄壁聖女と親しげに話してた理由にならんよ」

「何か弱みを……って多々良部に関してそれは無いか」

「じゃあ前々から知り合いだったってこと〜?」


 一時限目が終わると同時にクラスの殆どに詰め寄られ、質問された。黒い眼差しで見てくる男子はいないが、それでも学園の有名人と話していたクラスメイトに興味津々といった様子で眺めてくる。全く心地よいものでない。


 一応というか、一縷の望みに賭けて朱李に救援の視線を周囲に気付かれないよう飛ばしてみたのだが……案の定、クスクスといった優雅な笑みで取り繕っていたものの、心ではゲラゲラと大爆笑している姿が読み取れた。


 そんなことがありつつも、午前中を切り抜けて昼休みの今、このように休憩しているというわけだ。



(まったくアイツは……朝は偽名を貫き通せばよかった。ホントに他人事だからって外から見物しやがって)


 恨みの籠もった目で見てやろうと顔を左に向ける。すると日光の関係で、朱李の姿が鮮明に見えた。


 ――朱李は高一女子の平均と比べて小柄な体型をしている。僕の身長より短く、横に並べば身長差は明らかになるだろう。


 だが初見で不思議と年下のようだとは思えなかった。しばらく朱李の隣の席で過ごしてみて理由が分かったのだが、彼女は身長に対して足が長い。加えて胸はとても女性的なので、自然と大人びていると思わせる体をしていたのだ。


 それを裏付けるように、彼女が本性を表し始めた頃に自慢してきた。


『いやぁ〜私って足長いじゃん? それに胸もこんなだしさ。背が短いのは認めるけど、子供扱いはされないんだよね、これが!』

『え、カップ数? しょうがないなぁ……特別に教えちゃう! アルファベットの五番目だよ! ……ってそんなの訊いてない? またまた〜、ほんとは多々良部くんも気になってたんでしょ?』


 大体この言葉を聞いたあたりで、朱李のヤバさを知った。知ってもなお交流を続けている僕も大概なのだが……。



「どしたの、多々良部くん」


 色々と思い出してしまったら、朱李に視線を向けていることが気付かれた。確かに、人を意味なくじっと見るのは失礼だったな……。


「いや、なんでもない。急に不躾に見て悪かったな」


「ふ〜ん? てっきり私の魅惑なボディの虜になっちゃったのかと思ってたよ」


「まさか」


「……ほんと、君を攻略するのは難しいね。枯れてる男子の相手は大変だなぁ」


「失礼すぎるだろ。俺にも性欲ぐらいあるわ」


(って自分で何言ってんだか。つか何言わせてんだよ)


「ま、あの美人でナイススタイルな黒咲さんの誘惑に負けかけてたくらいだしね。バニーガールに興奮しちゃうだなんて、多々良部くんったらお可愛いね〜♡」


「ぐっ……」


 事実なので言い返せない。そのことに歯噛みしてしまう自分が情けない。


 そもそも、何故朱李がバニー事件のことを知っているのか?


 ――既に朱李に僕と黒咲との関係を言ってしまったが、あの部屋で起きたバニー事件やその他諸々のセンシティブな内容は伝えておかないでおこうと考えていた。黒咲だけでなく、僕の尊厳も守るためにも。


 だがしかし。まぁ予想とは尽く外れるもので、次の日にはバニー事件の詳細が朱李に共有されていた。伝えた犯人は勿論、黒咲だった。この三日彼女と会っていなかったので確認は取れなかったが、『黒咲から教えられた』と朱李がそう言ったのだ。



 自ら黒歴史を開示していくなど、一体何を考えているのか。それに僕とは話そうとしなかったくせに、裏では朱李とコミュニケーションを取っていたことに驚きを隠しきれなかった。


(まったく、本当に”黒”な聖女だよ)


 改めて黒咲への感想を頭に浮かべていると、朱李は不満げな顔になる


「――私の話、ちゃんと聞いてるの?」


「あ、悪い」


「普通に酷いっ! ……もう。こっちが誘惑してるのに応えてくれないし、それなのに他の女の子の誘惑には揺らいじゃって。こんな男子を――になるも大概だけどね」


「なぁ、局所的に口籠るの止めてくれ。空所が超気になるんだが?」


「私の処女を奪ってくれるなら教えてあげる」


「対価が重すぎるわっ!」




 こうした馬鹿らしい雑談をしていると、今後の悩みとか不安が薄れていくのを感じる。普段なら煩わしく感じるはずのおふざけも、今なら気を紛らわす良い緩衝材だ。


 やはり、友人との会話は良い。改めてそう思う。


 ……黒咲と公の場で関わってしまったことで、これから嫉妬や誤解を受けることになるだろう。それでも、朱李と話すことが息抜きとなるのならば、なんとか乗り切ることが出来そうだ。


「……ありがとな、朱李」


「ふふっ、やっと私のありがたさに気付いてくれた? ということで私の――」


「――そういや五限目の古典、課題の現訳難しかったよな。確認しとかないか?」


「そうやって誤魔化すとこ、私に似てて嫌いじゃないよ♡」


 そう言って身を僕の方に近づけ、上目遣いに囁いてきた。上手に、他の皆にはバレない体勢で。


 ……黒咲が”黒聖女”、銀城さんが”騎士様”。ならば、性的なものも含めてからかってくる朱李は……”小悪魔”だな。


 らしくもないけど、ふとそんな二つ名を思い付いた。




 こうして、居心地のいい昼休みの時間は過ぎていった。



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