放課後①
物理教師が教室を出るのを合図に、クラス全体が一気に動き出した。部活に所属している者は補助バッグを手に部室へ向かい、帰宅部は帰宅RTAの如き速さで帰っていく。
僕は部活に所属していないので、落ち着いて鞄に参考書を詰めながら、横の朱李に尋ねた。
「朱李は部活に行かないのか?」
「ん、今日は文芸部休みだから。締切もまだ大部先だし、急いで原稿に励む必要はないかなぁ」
朱李の所属する文芸部は、文化祭に文集を売り出すらしい。各部員がそれぞれのテーマで書いた短編集を売るのが、毎年の恒例なのだとか。
今年入部したばかりの一年にその役を担わせるというのは、些か手厳しいような気もするが……取り敢えずで入った幽霊部員も多いらしいし、あまり悠長なことは言っていられないのだろう。朱李の場合、喜んで物語を紡いでいるので文句は無さそうだけど。
「それよりさ。多々良部くんは午後に何する予定なの?」
「特に何も決まってない」
予定が無いことをイジってくるかと思いきや、逆に目を輝かせて朱李は言った。
「じゃあさ、一緒に学園デートしよっ! 編入初日に大体の施設は回ったけど、まだ行ってないところとかありそうだし」
「それは……まぁ別にいいか」
何か企んでいる可能性はあったが、そこは黙って従うことにした。
加えて”デート”という表現を使用したことについても言及しなかった。男女が私的に行動を共にすることを定義としてのデートで使った可能性も大いにあるから。
(……というか僕が勘違いするのを狙って言ったに違いないな)
それが本命の狙いなのだと、その時は思っていた。
斬新な朱李の提案に乗ることにし、背負いかけた鞄を机の上に降ろして僕達は教室を出た。
まず初めに向かったのは、中学棟。高校部であることに加え、編入である僕達にとって、基本的に中等部との交流は無い。廊下を歩いていて見かけることは度々あるが、F組の生徒が中等生と話している場面は見たことがなかった。
木材を基調としたその建物は、灰色がメインの高校棟とは違う印象をもたらしている。高校棟の方が少し冷たい色合いなのに対し、こちらは温かみがある。
「造りが高校棟と違うんだな」
「先輩に聞いたんだけど、数年前に高校棟に改修工事が行われたんだって。物寂しい灰色じゃなくて、温かい木の色に作り変えたいって理事長の意見が通ったらしいよ」
「へぇ」
中等部も、放課後に教室に残っている生徒は少ない。中等部の頃は部活に所属することが薦められているらしいし、納得だ。だからといって、建物自体が明るい雰囲気を醸し出しているので寂しい気持ちにはならなかった。
中々無い機会なので、中学棟を一通り観察してみる。解説するように朱李は情報を付け加えた。
「噂なんだけど、私達が二年生になったときの夏休みの間に、高校棟も同じように工事されるかもって」
「ホントか!? そんな話、全く聞いてないんだが」
「独自のルートから仕入れた情報だよ? 近頃公表されるんだって」
「……」
笑顔でそんなことを言う朱李に少し引きつつ、僕達は次の場所へと向かった。
「ここが寮ね。もっとアパート的なのを想像してたんだけど……意外にマンション風なんだな」
「すごいね〜」
次に寮へと訪れた僕達は、その建物に驚いていた。両方とも自宅生である僕達は縁もゆかりも無い場所だが、叡蘭学園には多くの寮生がいる。その数、およそ全校生徒の四分の一。
F組にも県外からやって来たクラスメイトもいるのだが、あまり寮生活については尋ねていなかった。単にあまり興味が湧かなかったのもあるが、関わることのない建物だと思って訊かなかったのだ。
しかし実際に訪れてみると、現代風のマンションの様相をした建物が立ちそびえていた。高さはあまりないのだが、如何せん造りに圧倒される。このような建物を寮として扱っているこの学園にも驚嘆した。
「叡蘭学園って凄いんだな……今までもなんとなく分かってたけど」
「あれ? 多々良部くんって入学前のパンフレットとか見なかったの? 一通りの学校紹介とか書いてあったのに」
あまりの僕の驚きように疑問を抱き、朱李が質問をぶつけてくる。その問いに対し、僕は少し間を空けて応えた。
「……まぁ、中学の頃に色々あったから、高校は取り敢えず偏差値高いとこに行こうって思ったんだよ。叡蘭自体にあまり興味が無かったんだ、あの頃は」
含みのある言い方だが、その中身について朱李にはまだ話していない。いずれ話し予定だが、少なくともそれは今じゃない。
「そうなんだ。……深くは訊かないよ」
「助かる」
「……次、行こっか」
少しムードが下がってしまったが、朱李が大事な時に空気を読める友人であって良かったと心から思いながら、歩き始めた。
最後に向かったのは、学食。僕は購買、朱李は弁当なので使用回数が低い建物であるが、この場所は編入初日に訪れた場所である。
「学食って来たことあるよな。なんで今日はここを選んだんだ?」
「えっと、どう言えば良いかな……っといたいた。黒咲さん!」
「は? ってお前まさかっ!」
「ふふふ。今日になって急に学校を回ろうだなんて言い出したのは、この時のため。他の場所を回っていったのは、多々良部くんの注意を逸らすため」
物語の黒幕風に笑みを浮かべている朱李は、背中を押して僕をとある席に無理矢理連れて行く。
「私にもメリットがあったし、彼女の提案に乗らせてもらったよ?」
そこには、二人の女子生徒が座っていた。
「今朝ぶりですね、多々良部さん?」
「……すまない、黒咲さんと朱李くんを止められなかった」
黒い笑みを浮かべた黒聖女と、その人に翻弄された騎士様の二人が。
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