再会⑤
黒咲と朱李と合流した直後に下校時刻を報せるチャイムが鳴った。早々に荷物をまとめて帰る準備をした僕達は校門へと向かう。
この時、朱李と銀城さんとは別れて、僕と黒咲が一緒に帰ることとなった。朱李は自転車通学。銀城さんもそうらしいのだが、いつもなら黒咲を駅まで送ってから自転車を漕いで帰るところを、今回は僕が任された。
(僕に釘を刺したことで安心しているのか)
ちなみに朱李は文句を言っていた。僕と黒咲だけなのが気に入らないとかなんとか。……明日になればまた会えるというのに、何をそこまで怒っているのだろう?
そんなわけで、今は駅までの道を彼女と共に歩いている。
「そういえば黒咲さん」
僕は彼女に尋ねた。先程気付いたばかりのことだが、早めに共有しておくべきだろうと。
「なんでしょうか」
「僕が共同夢の中でやってたソロゲーってあったじゃないですか」
「ありましたね。それが如何なさいましたか?」
「実はあのゲームについて調べたんですよ。実況動画とか見たりして。そしたら……共同夢での内容と、現実での内容が殆ど違っていました」
ゲームシステムは類似していても、ストーリーにダンジョンが全然異なっていた。なんなら、共同夢の中でしか出てこなかったアイテムが沢山ある。
「それはつまり――」
「はい、あの部屋が夢の中での出来事だと裏付ける証拠になります」
集団詐欺や時間遡行の説ならば、あのゲームの内容はピッタリ一致しているはずだからだ。なのに異なるということは、あの部屋でのソロゲーは僕の妄想に過ぎなかったという予想と等号で繋がる。
ここで黒咲も何かに気付いたようだ。
「あの、加えてですが、一部が黒塗りの教科書もありましたよね。私も今日開いてみたのですが、見事に私の記憶から抜けている部分でした」
「じゃあそれは、互いの記憶が共同で作り出した夢――”共同”夢の証拠ですね」
今思えば、最新作のソロゲーについて事前に公開されていた情報だけ共同夢でのゲーム内容と一致していた。これはまさに、共同作の夢である証拠だろう。
黒咲は教科書が、僕はソロゲーが、互いに持ち込んだ記憶であるのだ。
……ソロゲーについて足りない部分は僕の想像で補完すればこと足りるが、教科書のコラムは他の事実と相反しては矛盾が生じる。容易に想像で埋められなくて、仕方がなく黒塗りにしていたのではないだろうか。
心の何処かで気になっていた疑問が解け、少しスッキリとした心持ちとなった。
「それにしても凄い経験でしたね……」
「そうですね……」
黒咲は僕の言葉に同意した。
体感時間で七日という異状に長い夢であったことに加え、性行為をしないと出られないという限定的な覚醒条件。ありえない夢であったが、だからこそ貴重な経験だったと、今になってから言える。
初日こそ本当に地獄な環境であったが、黒咲と打ち解けてからはそこまで苦じゃなかった。これも、出られた今だからこそ言えることだけれども。
(ん、あれ?)
「ずっと気になってたんですけど、何故出られたのが七日目の零時だったんでしょうか。普通なら七日の二十四時なんじゃないのかなって思って」
僕の素朴な疑問を聞いて黒咲は体を強張らせた。その行動で、彼女が何かを隠しているのだと確信する。
「……何を隠してるんですか? 洗いざらい吐いて下さい」
「いえいえ、私は何も知りませんよ」
とぼける黒咲だったが、目が泳いでいる。彼女は他者の目を見抜くことに長けているようだが、己の目は欺けないらしい。おかげで嘘をついていると分かった。
「黒咲さん……僕達って友達ですよね?」
「う……」
意地悪く確認してみると、彼女は呆気なく真実を明かした。ただし言葉ではなく――唇を指差して。
その行動が何を示すのか、僕の脳は直ぐに理解してしまう。反射的に口を抑えてしまった。くぐもった声が覆った手の中から溢れる。
「ま、まさか……嘘でしょう? 冗談なんでしょう?」
いやしかし……寝ている時に口元に感じたあの違和感は――!
「◯◯に性行為が当てはまると確定したわけではありませんし、意外と簡単にキスだったようですね、ふふっ♡」
嘘だ嘘だ嘘だ……あの部屋から出られる条件の”◯◯”に”キス”が当てはまっていただなんて……黒咲が僕とキスしただなんて!
(……いやでも逆に考えるんだ。夢で良かったのだと、あれが現実じゃなくて良かったのだと)
しかし驚愕から困惑、困惑から逃避へと変化していった僕の心情を見抜くかのように、黒咲は言葉を続ける。
「多々良部さん、”夢で良かった”だなんて考えてませんか? 残念ですが私は……夢で終わらす気はありませんよ」
「は?」
「シスターに会っていただきます。私の母にも。男性嫌いだったはずの私を、夢の中で貴方にキスする程にまで変えてしまったんですから当然ですよね?」
続けざまに要求を積み重ねてきた。
辺りは薄暗い。駅はもう目の前。電車が近づく踏切の音が微かに聴こえる。
「あの時は貴方に邪魔されてしまいましたが、六日目の夜に言いかけた言葉……それもいつか、多々良部さんにお伝えしますから」
黒咲は駆け足で駅の入口に向かった。到着すると同時に振り返り、僕に聞こえるような大きい声で言う。
「これからは私のことを名前で呼んで下さい! マーガレットですが、親しい人は愛称で”メグ”と略して呼んでいますよ!」
電車が駅に到着する。ブレーキの大きな音に負けないように、彼女は声を張り上げた。
「それではまた明日!」
そう言い残し、黒咲は改札を通って電車に乗ってしまった。追いかける気になれなかった。電車が駅を離れていく様子を見つめることしかできなかった。
……まったく何が黒聖女だ。”黒”の部分しか合っていないじゃないか。初対面に毒舌を吐き、少し丸くなったと思ったら、最後に悩みを残して立ち去っていく様は、聖女感など一切無い。
僕はあの部屋の初めに地獄の七日間が幕を開けたと言ったが、訂正する。
どうやら地獄は、これからも続いていくらしい。
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