再会④
「西宮さん、貴方は私の敵です」
黒咲から朱李に向けられた明確な敵対感情に驚きを隠せない。
そりゃ今まで何度か睨むことはあったけれど、朱李が不用意に下ネタを言うものだから、それについて気にしていたからなのだと思っていた。でも今回のは、ハッキリと、朱李に向けて敵だと言った。
「いやだなぁ、黒聖女様に嫌われるようなこと、私したっけ?」
睨まれてもなおヘラっとした態度でやり過ごそうとする朱李。
「とぼけなくても構いませんよ」
口調変わらず、おとぼけについて追求する様子もない。単純に彼女の気持ちを理解しているからこそ、真実を持って話すように薦めた。
この対応に、朱李も視線を改める。刺々しいとまでは行かないが、鋭い視線だ。
「……もしかして黒聖女様も?」
「はい」
「”◯◯しないと出られない部屋”で理解した感じね」
「詳しくは話せませんが……この気持ちに偽りは無いと思っています」
「”思っています”? 随分と曖昧な言い方だね」
朱李は黒咲の言葉に対して煽った。二人の会話は、話す言葉が随分と抽象的で曖昧で、僕と銀城さんには理解できていない。二人の間だけに通じ合っているようだ。なので銀城さんにも止めようがなかった。
ここで黒咲は朱李からの煽りに少し動揺するも、直ぐに切り替えて眼力を強めて言った。
「そうです。私の気持ちに偽りは無けれど、程度をまだ知らない。だからこそ、これからの行動で気持ちに整理を付けたいのです」
毅然とした態度で言葉を放つ黒咲の圧に押されたようで、今度は朱李が意表を突かれたかのように体を少し後ろに下げた。
「ふ、ふ〜ん? ま、まぁこの程度の煽りで諦めるようなら即刻関心を無くしてたところだけど……私と同じくらいに想ってるようね」
それでも負けじと強がる朱李。その弱気な姿勢を機に責めることなど無く、黒咲は余裕飄々といった感じで笑みを浮かべる。
「えぇ、勿論気付いていますとも。たとえこの短い時間、短いやり取りの中でも。……一見して軽薄な態度ですが、本心は私と同等、いやそれ以上に想っていることに」
「……あ〜あ、本人にも気付かれないようにしてたのに。まさか黒聖女様に気付かれちゃうなんて」
「ふふ、どうぞ私のことは黒咲とお呼び下さい」
「――分かったよ、黒咲さん。あなたは私のライバル、そのことを認めるわ」
椅子から立ち上がり、二人で握手を交わした。
(……自分の知らない間に話が終わっていた?)
突然の敵発言かと思ったら、気付けば今度は握手を交わしていた。朱李は黒咲の何かを認め、黒咲は自分を渾名ではなく名字で呼ぶように言った。わけが分からない。
ふと隣を見てみれば、銀城さんも首を傾げていた。僕よりも黒咲との縁が深い彼女でさえ、二人の間に何が起こっているのかを理解できていないらしい。
二人して首をひねって考えていると、黒咲からとあるお願いをされた。
「すみません。西宮さんとふたりきりで話したいことがあるので、少しの間、教室から外れていただけませんか?」
「ちょっと話したら終わるからさ」
「……まぁいいけど」
「私も構わないよ。でも下校時刻が近づいているから気を付けたまえ」
特に断る理由もないので、僕と銀城さんはそれだけ言い残し教室を出て少し離れた。代わりに僕達は、非常用エレベーターのところで待つこととなった。
意図せずして銀城さんと二人だけの状況が作られたところで、彼女がボソッと呟くようにして言った。
「……まさか黒咲さんからとはね。驚愕とはまさにあのことだったよ」
「黒咲さんの過去のことですよね」
「あぁ。私から見ても、酷く辛い経験だと思う。彼女の男嫌いは本当に凄かったし、そうなって当然のことだとも思っていた。……なのに、ある日突然男子と話したいと言うじゃないか」
思い出して笑っているかの様子に見えるが、僕はそんな感じには見えなかった。
「一度は止めた。何か混乱しているのか、単なる気の迷いではないかと。しかし黒咲さんの意志は固く、どうしても会うのだと言って聞かなかった。……護衛の任を授かっている以上、私から通す必要があったし、彼女もサプライズで会うことを望んでいたので、あのような形で君と会うことになったがね」
今度の笑みは本心からだと分かる。何故なのかは、分からないけれども。
彼女は続けて言う。
「君と会った時も、あまり信用していなかった。化学講義室で何が起こっても、直ぐに対処できるようにしていたつもりだというのに……まったく彼女、朱李の押しは強すぎるぞ!」
まぁ、それは身を持って知っている。ある意味僕も被害者と言えるだろう。
……にしてもクラスメイトにでさえ明かしていない彼女の本性を、会ったばかりの銀城さんに見せるなど異様だ。もしかすると、彼女の押しは信頼の表れなのかも知れない。そう思うと少しだけ楽に……なることもなかったわ。
「ま、まぁ朱李に関しては以後気を付けるように言い聞かせますし、黒咲さんについては、彼女を傷つける気など一切ありませんよ。まだ信頼を得ていなくても、これだけは言っておきますね」
「……ここで信頼しないと、まるで私が悪女のようではないか。まったく朱李も多々良部も似た者同士だな」
溜め息をついた銀城さんは視線を僕の目に向け、ハッキリとした声音で言う。
「彼女を傷つけるな。私は護衛という立場にあるが、それを抜きにしても、黒咲は守られなければならない人間だ。それを忘れるなよ。これが守れるのならば……私から彼女の母に報告することはない」
「肝に銘じます」
フッと彼女の張り詰めていた気配が抜けた気がする。変わらず姿勢は異状な程に良いが、警戒する様子は感じられない。
どうやら銀城さんからの信頼をある程度は得られたようだ。そのことに深く安堵する。……だって彼女と敵対して勝てる気など一切しないから。なんなら腕を振りかぶった時点で制圧されそうだし。
ここで銀城さんが二人のいる教室の方へ視線を向ける。
「黒咲さん達には悪いが、もう下校時刻だ。帰らねばならないね」
そう言って歩き出した。僕もその後に続く。
……歩いている最中、銀城さんの背中が見える。予想される強さとは反対に女性らしい細さだったが、一体その背中にどれほど重いものを背負っているのだろうかと想像してしまった。
彼女のことを知れて良かったと、心から思う。
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