再会②


「では連絡先を交換しておいた方がよろしいですね。いざという時のために、互いの連絡手段は有しておくべきでしょうし」


「それはいいんですけど……構わないんですか? 男子と連絡先を交換なんかしたりして」


 僕の勝手な予想だけど、多分彼女の連絡先に――


「えぇ、男性の連絡先入手は貴方が初ですが、問題ないでしょう」


「そんな不用心な……」


 僕の呟きは彼女の耳に入り、顔をしかめた。


「私は貴方を信頼しているのです。これは不用心ではなく、信頼の表れですから」


 必要のない心配だったようだ。……リアルで黒咲に対面すると、どうにも彼女の過去について過敏になってしまう。だって、今は現実だから。


 あの部屋が共同夢の産物だったと知り、じゃあ今度はリアルで彼女を傷つけてしまうことになったらって考えると……次こそ取り返しのつかないことになる。


 贈られる信頼はありがたく感じるが、だからといって元々の毒舌と警戒心を失わないでほしいと思う。彼女の友人となったからこそ、黒咲の身を案じる気持ちが強くなった。余計なお世話だろうけど……。


 それはそれとして、僕達は連絡先を交換し合った。叡蘭学園は授業中の使用や勉強以外の使用を行わない限り、スマホの所持を認められている。県内の離れたところから通う生徒も少なくないからだ。


 ……そういえば、叡蘭学園についての説明が無かったな。ここいらで大体の情報を伝えておこう。




 私立叡蘭学園。中等部と高等部に分かれている私立中高一貫校。


 普通の生徒は中学部に入学し、そこからエスカレーター方式で高等部へと昇っていくのだが、高等部には編入生から成るFクラスが一クラスある。優秀な学生を集め、高等部一年の頃にたるみ始めた在来生に刺激を与えるために設けられている。ちなみに僕や朱李はF組に属している。周りのクラスメイトの殆どが別々の中学から来ているので、うちはあまり中高一貫という感じがしない。


 中高一貫と聞けば由緒正しき名門校を想像するかも知れないが、叡蘭学園は比較的最近建てられた学園で二十年程度の歴史しかない。それでも優秀な生徒が集まるのは、充実した設備は勿論、教育の質が良いからだろう。


 そんな学園に僕は、今年の四月から通っているというわけなのだが……さて、学校説明はこれくらいにしようか。




「――ふふ」


 僕の連絡先を表示している画面を見つめながらニヤける黒咲。一体どんなことを考えているのか想像つかないが、碌な事ではないのだろう。


 推し量ろうとしたが、それを防ぐように彼女は携帯をしまってしまった。惜しい。


「さて、長い間待たせてしまっては申し訳ありませんし出ましょうか。あ、鍵は私名義で先生からお借りしているので、返却は私がしますよ」


 黒咲はズレた机椅子を直すと早々に鍵を手に取り出口へ向かった。僕もその後に続く。


 ドアを開けて外に出ると、予想外に朱李と周さんの二人の姿が見えなかった。


「あら、どちらへ向かわれたのでしょうか?」


「……廊下は夕日が差し込んできてかなり暑いですよね。だから多分――」


 僕は黒咲を連れ、階段を下り、特別棟を出る。その足で校舎に戻り、一年F組の教室へと入った。辺りを見渡すが、僕と朱李が教室を出た時点で全員が帰っていたので誰もいなかった。


 誰もいないので、エアコンの電源が切られている。外よりは涼しいけれども、快適かと言われたら頷き難い気温だった。


「ここじゃないのか。あの、黒咲さん」


「なんでしょうか」


「周さんのクラスって何組ですか?」


「B組です。私と同じクラスですね」


 黒咲から騎士様のクラスを聞き出し、B組へと向かう。するとそこには――



「見てよこのキャラ! めっちゃ周ちゃんに似てない!?」

「そ、そうか? 私はこんなにも凛々しくはないのだが」

「そんなこと無いって! 超美人でかっこいいんだから自信持った方が良いよ」

「で、でも私は身長が高いし、筋肉もかなりついてしまっているし……口調もこんなのだし、男らしいともよく言われる」

「周ちゃんはガッチリしてるというよりシュッとしてるタイプだし、身長高いのもスタイルが良くてめっちゃ良いよ!」

「そ、そうか……嬉しいよ。ありがとう、朱李くん」



 仲よさげに語り合う二人がいた。教室ならばクーラーがついているので涼しい。だから朱李の所属するF組か、または周さんのクラスにいるのではないかと考えたわけだが……的中したことを喜べば良いのか、これこそ予想外に親しくなっている二人に困惑すれば良いのか、どっちなのやら。


「あ、多々良部くんじゃん!」


 朱李は俺を見るやいなや駆け寄ってきた。逆に黒咲さんは周さんの元へと向かった。その顔が少し、怖い雰囲気をまとっているような……気のせいであることを祈ろう。


「話、終わったの?」


「用は済んだよ。でも別の疑問が出てきたんだよなぁ……」


「え、多々良部くんを悩ますなんて酷いね。一体何、誰?」


「君だよ君。廊下で待っていたはずの朱李達が、涼しい教室で待っていたことは理解できる。でもな、お前が騎士様と仲良くしてるのが分からない」


「騎士様じゃないよ、周ちゃんだよ」


「それは知ってる」


「知ってるんだ」


 ……朱李から話された内容だと、夕日が照りつける廊下はやはり暑かったようだ。暑いのは確かだが、だからといって僕と黒咲の間に割り込むのはよろしくない……そこで暑がる朱李を見かねた周さんは、彼女へ教室で休むことを薦めた。


 その時、朱李は周さんの額に汗が浮いていることに気付いた。一緒に涼みに行かないか提案したが、周さんはここで待っていると言う。


 じゃあせめて朱李が教室に行くまでを付き添い、その間だけでも暑い廊下から解放されて風で涼めばいいのではないか、と代案を出したところ、周さん自身もかなり暑かったのか、直ぐに戻るという条件で二人で教室に向かったらしい。


 F組に行くと、不運なことにエアコンの電源が切られていた。ので、周さんが所属するB組に案内したところ、朱李による強い押しに負けてしまい、少しだけ涼む予定だったらしいのだが……会話が弾み、こちらのことを一切忘れてしまっていたらしい。


「……改めてお前のコミュ力に驚嘆するよ。在来生に人気なのも当然だな」


「やだな〜褒めても私の処女くらいしかあげないよ?」


「やかましい」


 いつものをスルーして、今度は黒咲と周さんの方を向く。


「……周さんに新しい友人が出来たようで、私は嬉しいです。けれども約束を破られて、少し悲しいです。一抹の不安を抱えていた私に、『自分がいるから安心してくれ。いざとなったら駆けつけるから』という言葉をかけて下さったのは貴方ではないですか」


「それはそうだが……うぅ、何も反論できない。すまなかった、勝手に抜け出してしまって」


「結果的に危険が及ぶことはありませんでしたし、怒ってなんかいませんよ。それよりも……」


 話を終えたらしい黒咲はくるりと体の向きを変え、僕、いや朱李の方を向いた。


「彼女は一体誰なのですか? 見たところ多々良部さんのお知り合いのようですが」


「あ、どうも。多々良部くんの大親友、西宮朱李です!」


「だい、しんゆう?」


 途端に顔を暗くする黒咲。その目には朱李への黒い感情が見え隠れしていた。


 ……なんでこうなるかなぁ。



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