再会①
「――はじめまして。いえ、昨日ぶりと言うべきでしょうか?」
聖女らしくなく机に腰掛けている黒咲はそう言った。開けている窓からは涼しい風が吹き抜け、彼女の美しい金髪を揺らしている。
何かに誘われたかのように、黒咲の方へ歩みを進めた。彼女も机から下り、僕の方へと近づいていく。
互いの距離が縮まると、黒咲の姿が細部まで見えるようになる。整った顔も、黒混じりの金髪も、美しいスタイルも……全てが夢の通りだった。
「……僕のことを、知っているんですか?」
「当然です。六日、正確には七日を共に過ごした仲ではありませんか」
「えっ、でも今朝起きたら日付が変わってなくて……僕が見た情けない妄想の夢かと……」
段々と声を小さくしていった僕に、くすりと笑う黒咲。
「ふふっ、互いに話すことが沢山あるようですね。多々良部さんが先程述べた件に関しても、まずは席に着いてから話しましょうか」
取り敢えずは互いに席に着き、机を動かして対面で話せるようにする。
「まずは改めまして……現実でもお会いできて嬉しいです、多々良部さん」
「僕も会えて嬉しいです。……『現実では』って?」
「やはり疑問に思いますよね。仮説を立てた私自身も、まさに夢見心地な気分ですから。そのことも含め、今朝の私の出来事をお話しておきます。後に多々良部さんの話も聞かせていただければ」
「わ、分かりました……」
まだ疑問や不明な点は多い。だが黒聖女様がスムーズに会話を進行してくれているので、どこか安心しながら話すことが出来た。
「やはり多々良部さんも私と同じような状態でしたか……」
話し終えると、納得した様子で頷く黒咲。知的な雰囲気は、六日目に見せたあの奇行や醜態を打ち消すほどにクールに感じさせた。
「では私の仮説を話しますね」
話が長くなりそうな予感がした。集中して聞けるように耳を傾ける。
「一つ目の仮説は、私達二人が同じ夢を見ていたという説。この同じ夢を、仮に
二つ目の仮説は、私達は実際に六日七日閉じ込められていて、家族、友人、予定など周囲の全てが私達を騙しているという説。しかしこれは莫大な予算や手間がかかりますし、演技ならば目を見て判断できます。この説は最も弱いですね。
そして三つ目の仮説は、あの部屋から出た途端に時間が巻き戻った、または時間の流れが極端に遅い空間に飛ばされたという説。こちらはオカルトよりもファンタジーに近いですね。どちらにしろ、信じがたいことなのですけれども」
黒咲の長い仮説を聞いて頭が混乱する。繋がった夢、集団詐欺、時間遡行に空間転移……話が大きすぎるし非現実的だ。でも確かに僕の記憶にハッキリと残っている。それが彼女の記憶とも完璧に合っているのだから、本当に起こったことなのだと理解するしか無いだろう。
「多々良部さんはどう思いましたか?」
「僕は……一番目の仮説、共同夢が起こったんじゃないかなと思います。オカルトだとしても、これが最も強力ですし、現実でも起こり得そうな感じがしますよね」
今朝起きた時に感じた、ふわふわとした感じ……長い夢から起きたようだと表現したが、まさに体感で一週間の夢を見ていたのだとすれば……納得できないこともない。
「私もそう考えます。では私達の体験は共同夢であったという方針でいきましょう」
「……ふぅ」
頭を使ったので疲れた。体を背もたれに倒しゆったりとした座り方にする。黒咲も休憩を挟むように、座り方を改めた。
少し、雑談をしようか。
「夢……まさか黒聖女様の夢と繋がるなんて想像もしていませんでしたよ」
「私もです。起きた時点で私だけの妄想ではないかと考えたのですが、どうしても諦めきれずに考え続け、先程の仮説を立てたのです。私だけではなく、現実の貴方も関わっていることを確かめるために、この度此処へお呼び出し申し上げました」
つまり、どうしても僕に会いたくてこの時間を取ったと……嬉しいな。たかが夢の話と見下さず、僕との出会いを大切に扱ってくれていることが。
「いきなりだったから凄い驚きましたよ。突然”騎士様”から伝言されたんですから」
「……私の渾名もそうですけど、
「ん、”周さん”?」
「貴方の言う”騎士様”のお名前ですよ。講義室前で貴方を迎えた人です」
「名前、周っていうんだ……」
ずっと渾名で呼ばれていたので知らなかった。朱李は本名を知っていたのだろうか?
「はい、私の友人です。強くて堂々としていて、とても頼りになる人なのですよ」
「まぁ、確かに美しい立ち姿でしたからね」
「数々の武道を習い、様々な格闘術を学んでいるそうです」
「なるほど……」
その後も周さんについて尋ねたり、あの部屋での出来事を話し合ったりした。楽しかったことも、辛かったことも、全てもう一度確認し合った。
後半で黒咲が見せたあの奇行については、原因もハッキリとしているので以降は他言無用という結論に。勿論僕は真っ先に同意した。何度も言うことになるが、あんな出来事を人に言うなど、秘密を抱えることよりも辛すぎるからね。無論、黒咲の過去についても。
で、今後のことだけれども――
「一つ、我儘を聞いてくれますか?」
真剣味を帯びた顔で彼女は言う。あの部屋では僕の我儘が原因であのバニー事件が発生してしまっていたので、断り難い。しかしあまりにも辛い難題が課されてしまっても困るので……
「内容によりますね」
「……性格が悪くて面倒くさい女ですが、これからもどうか、共同夢だけとは言わずに仲良くしていただけませんか?」
「別に構いませんよ」
「即答ですか!? 訊いた私が驚くのもなんですけれども!」
「まぁ断る理由はありませんし……」
互いに共通の記憶がある以上、忘れて過ごせだなんて薄情な真似は出来ないし、したくない。奇縁で結ばれた仲だけれども、だからこそ彼女とは変わらない関係でいたいと思っている。
「で、でも本当に面倒くさいですよ? 初日での暴言に横柄は勿論、辛い過去とかちょっと頑固なところとか……」
(あ、頑固なのは自覚あったのね)
「条件があったとはいえ、気が狂ったかのような行動を取ってしまったこともありましたし――」
「でも黒咲さんは優しいじゃないですか」
「えっ? そんなこと……ありませんよ」
少しの照れを隠すように、顔を下に埋めてしまった。
籠もる声は僕の言葉を否定した。あの事件での罪悪感を背負ってしまっているからなのか、僕と話す時はどうにも謙遜や自己嫌悪が強い気がする。僕が原因の半分を担っているので、直した方が良いと言えない所がもどかしい。
だから否定を否定するように、僕は言う。
「僕はそう思ってますよ。たとえ黒咲さん自身が否定していても」
あの部屋で学んだのは、彼女の毒舌とかいった負の面だけじゃない。優しい聖女な部分とか、ゲームに熱中する可愛らしいところも、沢山知った。
そりゃあ初めの頃こそ嫌っていたけれども……
「だって僕達、友達でしょう?」
「ッ……!」
黒咲は途端に顔を赤く染めた……でも直ぐに顔を後ろに背けてしまったのでもう見えない。顔は見えないけれども、小さく呟いた声を僕は聞き逃さなかった。
「わ、私こそ……友達と――ってますし――そんな貴方だから――尊k――ます」
ここで突発性難聴を引き起こすような主人公性を、残念ながら僕は持ち合わせていない。だから彼女の意図を汲み取れる。彼女が僕に向ける友愛と敬愛を、声の大きさとは反比例に理解してしまった。
「……嬉しいです。僕からも、改めてよろしくお願いします」
握手を求めた手を差し出し、彼女もそれに応じた。頬は依然染まったままだ。そんな自分を恥じている感じもする。
でも彼女の目と手は――温かかった。
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