目覚め③


「たっ、多々良部くんって”騎士様”と知り合いだったの!?」

「だったら紹介してよ〜。私、”騎士様”のファンなの!」

「俺も俺も! あの御方に守って貰いてぇな〜」

「いやお前柔道部だろ。自分の身は自分で守れよ」

「ちっげーよ。”騎士様”に守って貰えるなら部活とか性別とか関係ねぇっての、つーかあの御方と闘って勝てる気しねぇし」

「うっさい男子! 今は私達が多々良部くんに質問してるの!」


 あの在来生が姿を消すと同時に、クラスメイト達が一斉に駆け寄ってきた。矢継ぎ早に質問される。答えてあげたいところだったが、聞き慣れぬ単語に戸惑った。


「キ、キシサマ?」


 瞬間、辺りがシーンと静寂に包まれた。


(あれ、俺何かやっちゃいました?)


 その質問には、朱李の友人である恵さんからの確認で返された。


「えっ……多々良部くん、騎士様は知ってるよね?」


「いや、その、知らないです……」


 申し訳ないが、存じ上げない。話の流れからしてあの在来生のことを指しているのだろうが……。


 途端にワッと盛り上がる。


「うっそ騎士様知らないの!? 黒聖女様と同じくらい有名なのに!」

「マジかよ多々良部……編入の俺たちも知ってるくらいなんだぜ?」

「凛とした佇まい、美しい黒髪、磨き上げられた武道!」

「男女学年問わず大人気の御方だ」

「基本的には黒聖女様を守ってるんだけど、頻繁にファンサービスしてくれるのがもう……あぁ素敵!」

「違う! 騎士様は敵に対するあの冷徹な態度が良いんだろ!?」

「男子は分かってないわね〜。ファンサとのギャップが最高なんでしょうが」


「ちょ、ちょっと落ち着いてくれないかな」


 盛り上がっているところ悪いが、目の前で談義をされても困る。まぁその”騎士様”についての情報が入ってきたのはありがたいけれども。


 代表して恵さんが改めて質問する。


「あはは……ちょっと盛り上がり過ぎちゃったね。それで話は戻るんだけど、君って騎士様と知り合いなの?」


「う〜ん……会ったことも話したことも無いはずなんだけどなぁ……」


「そうなんだぁ。ちょっと残念。でも騎士様の連絡先を手に入れたら教えてね。ワンチャンお近づきになれるかも……ぐへへ」

「あっ、抜け駆けはズリぃぞ!」


 クラスメイト達は再び盛り上がりながら、まるで嵐のように去っていった。


「……騎士様、か」


 伝言の方は勿論だが、その”騎士様”にも興味を抱いた。確かに美人で凛としていたが、それよりも『黒聖女様を守っている』という文言についてだ。彼女が黒聖女の知り合いか友人ならば、あの伝言の差出人は十中八九――


「それで朱李、どうした? さっきからだんまりしてるが」


 口を開けたまま呆然としている彼女は、尋ねると同時に机に突っ伏した。顔は窓側に向けていて表情は把握できないが、声はハッキリと聞こえる。


 もしや朱李も騎士様のファンなのか?


「女騎士キャラがピックアップされてる限定ガチャ、今日の昼までだった……」


 違った。


「なるほど”騎士”様で思い出したってわけね。それは可哀想に」


「引こう引こうと思ってて、爆死の恐怖で先延ばしにして……今朝引く決心をしたのに……折角石を貯めたのに……」


「悲しみすぎだろ」


「憂さ晴らしに放課後付いて行っていい?」


「なんでそうなる……」


 まぁ『一人で』という言葉は無かったので、一人くらいは連れ添いがいても問題は無いと思うが……。でもどうして急に?


「別にいいじゃない。それに多々良部くんの夢に出てきて同じ部屋に閉じ込められた娘なんでしょ? なんとなく君が危ないことをしそうだから、監視役として、ね」


「なるほど。で、本音は?」


「面白そうな予感がしたから。このタイミングで黒聖女様の知り合いが君に訪ねてくるって、何かが起こる気しかしないじゃない!」


「思いっきし野次馬根性働いてるなぁ。……まぁ途中まで付いて来るぐらいならいいけど。黒咲さんに席を外せって言われたら大人しくそうしろよ?」


「分かってるって。あ、何があったのか後で教えてよね!」


「……はいはい。了解しました」






 五、六時間目の授業を受け終え、遂に放課後となった。彼女が待っているであろう化学講義室は、校舎から離れている特別棟の中に位置しているので、放課後に生徒が訪れることは滅多に無い場所となっている。だがそれ故に使用する場合は教師に鍵を借りる申請を出さなければならないのだが……そこまでの手間を要してまでも場を整えてくれたあの人のためにも、なるべく早く行こう。


「ほら朱李、放課後になったから行くぞ」


「ゔぅ〜、まだ眠い……」


 六時間目が終わると同時に寝始めた朱李は、終礼の間も起きることはなかった。重要そうな連絡はされなかったので、無理に起こす必要は無いと敢えて寝かせたままでいたのだが……


「付いて行っていいかって訊いたのはお前からだろうが。ほら、立ち上がれ」


 ボールペンの頭の部分で彼女の脇腹を小突く。途端に身体をビックンと大きく揺らす朱李。周りの皆は早々に教室を出て帰宅していったので、僕のこの行動は誰にも見られていない。なので朱李が恨めしげな視線を送っていても特に気にしない。


「多々良部くんの鬼畜、どアホ、妄想厨」


「どアホは関係ないだろうが」


「妄想厨は認めるんだ?」


「今朝の前科があるからな……って夢の中身をお前に話すんじゃなかったって今更後悔しているよ」


「時すでに遅しってね。ささ、多々良部くんと話してたら目が覚めたし、そろそろ行こうよ」


「お前を待ってたんだけどなぁ……」




 特別棟へ移動し、三階へと続く階段を昇る。古びた窓から差し込む西日は暑く、もう夏が目と鼻の先なのだということを実感させられた。後ろの朱李も暑いと文句をたれている。


 さて、最後の段を昇り終えて左を向くと、真っ先に目に入ったのは一人の女子。しかも、とても見覚えのある、なんなら今日会ったばかりの人だった。


「来たね、多々良部琥珀」


 化学講義室前で腕を組み仁王立ちして待っていた”騎士様”はそう言った。暑かったはずの西日は、彼女の黒髪をより照り映えさせて爽やかな印象を持たせている。


(……凄いな)


 驚嘆した。その美貌に、じゃない。姿勢にだ。


 あの時は突然の来訪に動揺していたので気付かなかったが、この人……素晴らしく立ち姿が美しい。小学校の途中まで合気道を習っていたので、なんとなく直感で分かる。重心のブレが一切無く、師範と同じだ。


 ……強い。たった四年習っていた程度の僕じゃ、勝負にもならないだろう。それにこの人の場合は、合気道というよりも――


「ほう……君、ね。大抵の悪漢は、私が手を出さなければ理解しないのというに」


 勝手に警戒心を上げていると、騎士様の口元に笑みが浮かんだ。なるほど無表情から一転して見せるこの素敵な笑顔は、確かにカリスマ性がある。


「まぁ今は君を待っている人がいる。また今度、話そうじゃないか」


 騎士様は道を開け、化学講義室までの道を譲った。ここで退く選択肢は無いので、恐る恐る横を通る……が、後に付いてきた朱李の前に立ち塞がった。身長が僕と同じくらいある彼女が目の前に立たれるのは、思ったよりも威圧感があるだろう。


「な、なによ!」


「彼女は多々良部琥珀とのふたりきりを望んでいてね。悪いが、君はここで待ってもらう」


「……まぁ当然か。じゃ、私はここで待ってるわ。頑張ってね、多々良部くん?」


 教室のドアを開ける直前に見た光景は、ヒラヒラと手を振って軽く見送ってくる朱李だった。……こういう時だけ素直なのは、ホントにズルいな。


 激励を胸に、僕は深呼吸をする。ドアに手をかけ、ゆっくりと開けた。顔を下に向けたまま入り、後ろ手にドアを閉める。そして顔を上げ、真っ直ぐ前を向くと――






「――はじめまして。いえ、昨日ぶりと言うべきでしょうか?」



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