三日目④


「し、しかし男女で遊ぶなど、一体どのような事をすれば良いのでしょうか?」


 慣れない事に戸惑っているようだ。噂が本当ならば、彼女は男と遊んだことが一切無い。女子だけの集まりならまだしも、男が一人でも混ざっていると毒舌を残して帰っていたようだが……


「黒咲さんが女子の友達としていた事と特に変わらないと思いますよ? 一緒に遊んだり、互いの”好き”を共有したり……昨日僕に本を薦めてくれたようなこととか、それに沿ったことだと思います。決して淫らなものではないのでご安心を。」


「そうなのですか⁉︎ だとするとシスターのお言葉はかなり誇張されているような気がします……」


 おっと、その事に気付いてしまったようだ。


「あ。勿論節度と言いますか、互いに一線は守りますよ? なのでそのシスターが全て間違った事を言っていたわけではないかと。……少し言い過ぎだったことは否めませんが」


 ある意味彼女を一番護っていたシスターの信用を下げる気は無いので、最後にぼかした言い方で添えることにする。


「なるほど……ではっ」


 彼女はベッドから立ち上がり、そのまま本棚へと移動。手に取ったのは見覚え、というかつい最近渡されかけた本。うん……僕が薦められて、拒否った本だね。


「これを読んでみてください。あの時は私の非によって断られてしまいましたが……今なら受け取っていただけると信じてします。如何でしょうか?」


 うわ、すっげぇ清楚。まるで生まれ変わったかのように清らかな目をしていらっしゃるんですが。あの時の見下す黒い目は何処? 別にあの目を望んでたわけじゃないけどさ。


 ここで断ったら相当、いや途轍もない嫌な男になる。まったく断れない頼み方してきて……これじゃどっちが嫌な人か分からないな。


「喜んで読ませていただきますね」


 差し出された本を手に取る。あの時は興味が湧かない状態であったために、外見を見ていなかった。今見てみると、そこそこ厚めの本であった。僕の読む速度だと……二時間程度か。


「ありがとうございます。嬉しいです」


 うわ、にっこにこじゃないですか。これが本来の彼女だという噂も徐々に真実味を帯びてきたな。……いやホントにキャラが変わりすぎでしょ。友達や女子の前では普段はそんな感じなのかな?


 あのツンが対男性用で今のデレ(仮)が対女性用だとしたら格差が凄い。ゲームで例えたら……男性を勇者の剣でボコボコにして、女性を薬草で癒やしてる感じ。


 こりゃドM男性からの人気だけでなく女性にも指示される理由も納得だな。普段は冷たいを通り越して寒い対応しているのに、自分たちだけに優しく接されるのは特別な優越感を得てしまうのだろう。多くの男性からの視線を不本意に集めている現状とはいえ。


 さて。諸々の感想を言い終えたし、そろそろ推薦された本に目を通してみよう。僕は全く本を読まないというわけではないが、好んで読むタイプでもない。有名なミステリに深い意味なく手を伸ばしている系だ。推薦された以上面白い内容ではあるのだろうが、人それぞれに好みがあるという僕の考えは変わらない。それこそ読んでみないと何一つ言えないわけだけれども。


 前置きはこの程度にして、いざ本の中へ。






「……とても面白かったです」


「でしょう?」


 見下す顔とは違った苛立ちを覚えるドヤ顔に少し思うところはあるが、素直に認めましょう。とても引き込まれる素晴らしい本でした。


 まず、ジャンルが一定ではない。ミステリに伝記、恋愛、ホラーやファンタジーの要素が盛り沢山で、それらが見事に調和し合うことで例え難い一冊となっていた。


 登場人物の活躍も喜怒哀楽を上手に表現している。あまり本を読まない僕でも、登場人物の心情が自分のことのように理解できた。


 タイトルを見る限り、読む直前までは自分の記憶の中に存在していなかった。作者名も。なぜこのような名作がニュースで流れなかったのだろう。偶然僕が耳にしていなかっただけなのか?


 黒咲なら知っているかもしれない。


「この本がどのようにして書かれたのかご存知ですか?」


「それは出版されている数が非常に少ない本なのです。作者が夭折ようせつし、そのご家族が最初で最後の遺作として出版しようとすると、印刷所が火事に遭ってしまったという悲しい歴史があるのですよ……」


「な、なんという出来事」


 若くして亡くなり、知る人ぞ知る名作を世に出した小説家……凄いドラマ性のある内容だと思った。そして今まで一度も聞くことがなかった理由が分かった。単に本の絶対数が少ないからなのか……。


 だとするとこの部屋の主、すなわち誘拐犯からの待遇がいよいよ怪しくなってくる。そのような希少である本を人質である僕らに用意して、一体何を望むのか。


 誘拐をするためだけに、人質にこのような世話をするものだろうか? いやそのように人質を扱うはずがない。良くて牢屋に幽閉、悪くて目隠しと猿ぐつわだ。


 深く考えないようにしていたけど、今更になってこの部屋の謎が深まっていく。不気味にも感じるようになってきた。残り四日の生活だが――


 このように一人で思案していると、顔を覗き込むようにして黒咲が話しかけてきた。


「それで、多々良部さんは何を教えてくれるのですか?」


「え、僕ですか?」


「だって互いの”好き”を共有するものなのでしょう? 男女の友情というものは」


「確かにそう言いましたが……」


 僕が教えられるものなど指で数える程度だ。唯一の趣味はソロゲーだが、あくまで一人用。ソロプレイ専用。喜んで教えられるような楽しいゲームではない。


 しかし他に教えられるものなんて――


「あー、その……ゲームでもしてみます?」




 何か二人プレイできるゲームはないのかと探していると、小さい頃には遊んでいたカーレースゲームを発見した。これならコントローラーを二つ用いて対戦プレイできる。……そういえばあの頃も、CPUのレベルを最大にして一人プレイしてたなぁ。誰かと対戦とか久しぶりだなぁ。


 感慨にふけりながらカセットをゲーム機本体に挿し込み、立ち上げる。懐かしいロード画面を迎え、コース選択画面に移る。


「これはどのようなゲームなのですか?」


 隣で見ていた黒咲が尋ねてきた。このゲームは老若男女に知名度が高いので、これを知らないということは殆どゲームに対して知識がないと判断しても良さそうだ。


「レーシングゲームですよ。気に入ったキャラクターと車を選択して、色んなコースで競走するんです」


「それは楽しそうですね! 友人がスマホでゲームをしている様子は見かけるのですが、手を出したことがないのでこのようなことについて全く知らず……すみません」


 ならばやりすぎて喧嘩が起きることなど無いように、少し手加減しよう。ソロゲー好きの僕とて、このような場合には全員が楽しく遊べるよう気を使う必要があることは知っている。というか”それ”があまり得意でないから、ソロゲーに逃げた。一人で黙々とプレイする方が性に合っていたから。


「謝ることじゃないですよ」


 かといって、誰かと遊ぶゲームがつまらない、とは思わない。


「ゲームは楽しむことが目的なんですから、黒咲さんが楽しむことが出来ればそれで良いんです」


 激励と共にコントローラーを渡す。彼女はそれを手に取り、優しくも厳しい目で語りかけてきた。


「お気遣いありがとうございます。ですが多々良部さんもお楽しみいただけるよう、私も早く上達しますね」


 いや真面目か。


 さっきゲームは楽しむことが目的って言ったよね? なのに僕も楽しめるよう逆に気遣われるって……本当に”聖女”らしくなってきたな。


 そんなことを考えながら、コースをランダムに設定する。


「じゃ、遊んでいきますか」



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