三日目①
「おはようございます」
朝の挨拶で起こされた。昨日は確か……黒咲に毛布代わりの服を掛けて……そのまま寝たんだっけか。
目を開けると、黒咲が僕の顔を覗き込んでいる様子が映った。何故か無表情なので感情が読み取れない。
「勝手に相手の陣地に入っちゃ駄目なんじゃなかった?」
「貴方は寝言で『いいよ』と言ってくれたので」
「面白い切り返しだね」
「それはどうも」
笑っていないので、これはジョークではなくガチの話なのだろう。自分が寝言を零すことなんか知らなかったぞ。……こんな形で知りたくなかった。
「で、要件は?」
「要件と言うほどではないのですが……昨晩、私に服を掛けてくれましたよね」
あぁ、あのことか。風邪を引かれたら困るのでしょうがなく掛けた。
「お陰様で体が冷えずにすみました。ありがとうございます」
素直に感謝を述べるその姿は、見てくれだけは普通の少女だ。だがその内心でどのような毒舌を吐いているのか考えるのも恐ろしい。
『貴方が着る予定の服など汚らしい』とか、『余計なお世話も度を過ぎると迷惑ですね』とか……
「ですが――」
やはり来るか。
「ここで服を使ってしまっては、貴方が損をするだけでしょう。なので私の分の服を一枚差し上げます。サイズはあまり変わり無いので、問題ないかと」
彼女は綺麗に畳んだ厚めのシャツを渡してきた。咄嗟に受け取ってしまう。
想像外の言葉に驚きを隠しきれない。その衝撃は心だけに留まらず、どうやら表情に出てしまっていたらしい。黒咲の怪訝な様子を見れば分かる。
「なぜ、そこまで驚いているのですか」
「いやだって黒咲って……会ってから散々に言ってきただろうが」
ここで正直に言っても、どうせ変わらない。だから事実を述べた。
黒咲は申し訳無さそうな顔をし、少し頭を前に傾ける。
「あの時に酷い言葉を言い放ってしまい、申し訳ございませんでした」
「……なんで今更謝る。何か企んでんのか?」
これまた突然の謝罪に怪しむ目を止められない。当初は根暗だの獣だの散々に言っていたのに何故?
「っ、それは……」
「話す気が無いなら止めてくれないか?」
自分でも冷たい対応だと思う。
……彼女が会話の意志を見せていることは理解していた。なのにこのような態度を取るのは、自分の下らない意地と虚勢に過ぎない。
人間というのは存外つまらない生き物だ。見栄っ張りで己の強さを偽る。それは何も人を相手にする時だけでない。
己も、己のことを偽るんだ。そうやって自分の壊れかけた心を取り繕う。それが仮初めのものであっても……
話がそれてしまったが、僕の対応に負けず、黒咲は目に意志を灯して口を開いた。
「ごめんなさい。少し長い話になりますが、話してもよろしいでしょうか?」
ここで”嫌です”と一蹴するのは簡単だ。たった二秒であらゆる面倒事の可能性を排除できる。
だが彼女の目は、僕を見据えていた。それは僕の心を決定するのに足る十分な理由だった。
「……どうぞ」
一息置いて、黒咲は話し始めた。彼女の過去を。
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