二日目②
「……ふぅ」
種類が豊富な素材たち、それらを利用して作る武器、防具、そして罠。戦うための武器が無数、故に戦術も無数。
NPCの反応も良い。何度も話しかけるとウザがられるところはリアルだし、商人が時折ウィットに富んだジョークを言うところなどはコメディーチックな面白みがある。
そしてなんと言ってもボスが適当な強さで、最初に用意できる物資をフル活用して勝てるような難易度。簡単すぎず、鬼畜すぎない良ボスであった。
まだまだ序盤だが、これは良いゲームだと確信する。紙に書かれてあった通り七日間ここに閉じ込められるのであれば、出るまでにはこのゲームをクリアしてみたいところである。
コントローラーから手を離し、軽く背伸びをした。そういや黒咲はどうなったか、と背後に視線を送る。
「……むにゃ」
寝ていた。自分からゲームに興味があると言っていたのに睡眠していた。それも僕のように地面に寝るのではなく、椅子のところへ移動し、座って寝ていた。
「逆に器用だな」
口を開けて寝るなんて不格好な真似はせず、綺麗な座り方のまま美しく寝ていた。ここだけ見れば普通の美人なのに、性格と言葉がアレなので非常に残念である。
「さて、良い時間だしご飯食べよっと」
寝ている彼女を起こすはずもなく、無視して夕食の準備を始めた。かなりの量を食べた朝食が満腹中枢をまだ刺激しているので、夜は軽めにいきたい。そこで目に入ったトマトスープを食べることにした。
トマトやベーコンを腹に詰め込み、そのままお風呂へ。昨日は入らず、今朝はシャワーのみだったので、この部屋のお風呂に入るのは初めてである。
思ったより広くて快適。やはりこの誘拐犯は僕達に優しい。……いや誘拐するのは厳しいことだったな。
お湯を張り、体を丁寧に洗ってから湯船に入る。
「ふぅ〜〜」
気の抜けた声を出してしまった。溜まった疲れを湯に溶かすように脱力する。
「……ん? なんだ、あれ」
棚の陰に位置していたために気付かなかった”何か”があった。近づき、目を凝らして見てみる。シャンプーやボディソープにも見えないあれは一体……。
「は?」
入れ物には大きく、こう書かれていた。
『ローション』
残念ながら僕は純粋な人間ではないので、男女のそういうことに対する知識はある程度有してしまっている。……いや親友に無理矢理教えられたと言うべきか。だからこの液体が何に使うのかも知っている。
しかし今、それはさして重要でない。
「く、黒咲はコレのことに気付いているのか?」
たしか……黒咲は昨晩お風呂に入っていたはず。そして僕のように湯船に浸かったならば、気付いている可能性が高い。
しかしそうならば、今朝僕に近づいていた理由が分からない。彼女の性格上、こんな物を目にしたならば、密室で男に接近するなどありえないだろう。
おそらく、彼女はこの物体に気付いていない。つまりコレを処理できるのは、風呂場にいる僕だけ。
考え立ったが素早く、体が十分に温まっていない状態にもかかわらず湯船から出て、例の物を持って浴室から脱衣所へと移動する。
幸い、脱衣所にはゴミ箱が設置されてあった。ゴミ箱へ勢いよく、叩きつけるようにして棄てた。偽装のために、ラベルを剥がして丸めて棄てておいた。ゴミ箱の中は薄暗く、これでパッと見ローションだと判別できる人間は中々いないだろう。
「……誘拐犯が優しいなんてことは、やっぱりなかったな」
何を思ってローションなんかを風呂場に置いたのだろうか? 僕と黒咲が男女の契りを交わすことを期待していたのだろうか?
余計なお世話どころじゃない、寧ろ邪魔だ。そもそも、見知らぬ男女が密室に閉じ込められたところで行為に発展するわけがないだろう。
「……行為に発展?」
ふと記憶が頭をよぎる。そういえば、親友が今まさに密室へ閉じ込められている僕達の状況について、嬉々として話していたような……。
『最近はねー、”◯◯しないと出られない部屋”ってのがネット上で流行ってるの!』
「はっ!」
思い出した。思い出してしまった。親友が話していた内容を。
可能性は高くない。だが、ネットで話題になっていたという部屋のルールがもしこの部屋に適用されているのならば……。
だとしたら、これは黒咲に教えるべきでない。それに彼女は七日間過ごすことを決定したんだ。僕もそれに従うだけ。
「……まだ寝てるのか」
あの忌々しい物体をゴミ箱に棄てた後、体が冷えてしまったのでもう一度湯に入り直した。体がしっかりと温まって気分が良くなっていたところ、まだ睡眠中の黒咲を発見した。
昨晩は遅くまで僕のことを愚痴っていたみたいだし、ずっと眠かっただろう。思えば本を渡そうとしてきたときに涙を流していたから、目が疲れたことも関係しているのかも。
……このままだと風邪引くな。
勝手に警戒され、悪口と愚痴を吐かれた。僕は黒咲が嫌いだ。別に彼女が風邪を引こうが自分に罪悪感がかかることは一切ないだろう。
……だがこの閉鎖空間で彼女が病気になった場合、どうなるのかが不確定だ。
誰かが何処かの隠しカメラでこの部屋を監視している場合、誘拐犯が何かしらの対応をしてくれるだろう。準備された物資を娯楽の量を考えるに、この誘拐犯が病気の人質を放置しておく可能性は低い。
しかし完全に放置されているならば、彼女の看病を僕がしなければならない。流石に嫌いな相手といえど、病人を無視するほど自分は腐っていないから。
「……ハァ」
ベッドの上にあった羽毛布団だと、椅子に座っている人へ掛けるには重すぎる。だから自分の物資にあった厚めの服を取り出し、パサッと掛けた。
これは優しさなんかではない。初めこそ友好関係を築こうと広い心で許容していたが、彼女はその優しさを蹴った。だからこれは優しさなんかではない。あくまで合理と妥協の結果だ。
だから、ふと彼女が頬を緩ませたことなんか知らない。朝に近づいてきた理由が、本当は僕に毛布を掛けようとしていたことなんて知らない。
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