一日目②
「……最後の◯◯には何が書かれてあるのですか? 敢えて読まないようにしていると? 読もうと近づいた私を襲うつもりなんですね、とんだクズですね」
軽蔑する目の酷さが増している。だが大丈夫、まだゴミを見るような目にはなっていない……はず。
というか謂れのない罪で見下されても……冤罪ですよ冤罪!
「いや違いますよ! インクが滲んでてはっきり読めないんです」
「ではその紙を紙飛行機に折り、こちらへ飛ばしてください。決して私には近づかないように」
……ここまで警戒されると虚しくなってくるというか……なんかイライラしてきたな。
仕返しとばかりに不格好な紙飛行機にして、言われた通りに向こうへ飛ばした。
それを受け取った彼女は元に戻し、折り目のつきまくった紙を眺めながら悪態をつく。
「雑な折り方は私に対する嫌味ですか? 残念ながら私はその程度の煽りに屈するような軽い女ではないのです」
ヤベェ。毒舌と聞いてはいたけど、まさかここまで腹が立つ女性とは思っていなかった。
これ、ホントに一週間も耐えられるのかな……。
「……なるほど確かに言った通りのことが書かれています。滲んだインクも本当ですね」
「状況を軽く理解したところで、まずは自己紹介をしませんか? もし書かれている通り一週間ここで過ごさなければならないとしたら、最低でも互いの名前くらいは知っておかないと何も出来ないでしょう」
冷静な提案。頭が良いと言われている彼女のことならば、この提案を拒否するわけにはいかないだろう……拒否されないよね?
「……仰るとおりですね。ではまず貴方から。名乗るときは自分から名乗るものなのですよ?」
へいへい
「私立叡蘭学園高等部1年F組、
「……『そろげー』とは一体なんですか?」
「あ〜ソロゲーっていうのは、一人用ゲームの呼び方ですよ。オンラインじゃなくて、完璧オフラインでプレイ可能なゲームのことですね」
余談だが、この言葉は俺のチャットで最近流行っている呼び方だ。他の人が僕達と同じように呼んでいるのかは知らない。
「そうですか」
うわ、すっげぇ興味なさそうな顔。ま、あの黒聖女様がゲームする姿とか想像も出来ないけど。
「次に私ですね。同じく叡蘭学園高等部1年D組、マーガレット・黒咲です」
「……って名前だけですか?」
「名前以外を話す必要性がありますか?」
そういえば、『名前だけでも』って言ってたね、僕。
「分かりました。次に――」
「少し待ってください」
「はいなんでしょうか」
「先程から会話の進行を貴方が行っていることに不安を覚えます。これからは私が進めますので」
「もう好きにしてください」
一々反応してたらキリがない。本当に一週間ここに囚われるとしたら……もう考えるのも面倒くさい。
「ありがとうございます。ではこの部屋を軽く探索してみましょう。何か見つかるかもしれませんし。あ、隠さず私に報告するように」
なんか聖女って言うより女王様な気がしてきたな……。
そういや『黒聖女様に罵られたい同好会』という意味不明な団体が存在するという噂を聞いたことがある。なるほどドMな人にはストレートに効きそうな人柄だ。
まぁそれは別にどうでもいいとして、彼女は出入り口と思われる方の部屋半分を、僕は反対側の部屋半分を軽く探索した。
結果として紙に書かれたことは正しく、生活を送る上で不自由ない物資が準備されていた。
十分な食料、新鮮な飲み水、着替え、調理機器、水回り一式、etc...
七日暮らすのに十分すぎる。随分と心優しい誘拐犯だと改めて思うと共に、犯人の目的に疑問を覚えた。
黒聖女を誘拐する理由は幾つも挙げられる。彼女は美人であるし、海外企業の女社長、その一人娘だという話もある。噂が真実ならば、身代金目当ての可能性が高い。
しかし僕を一緒に誘拐する理由が全く思いつかない。考えられる要因とすれば、誘拐犯からの唯一のメッセージであるあの紙に書かれた内容がヒントになるのだろうが……
如何せん情報が少ない。”一週間後に出られる”のは確実で、”黒聖女様と◯◯をすればより早く出られる”という二つの情報しか入っていない。おまけに後者は不十分な情報ときたもんだ。
さて、どうしたものか……
「多々良部さんは何か見つけましたか?」
探索を終えたらしい黒聖女様が、あいも変わらず僕との距離を取ったまま話しかけてきた。この距離感に慣れてしまった僕は遂におかしくなってしまったのだろうか?
まぁそれはそれとして、報告をきちんとしなければ今度は何を言われるかたまったもんじゃない。
「紙に書かれてあった通り、七日間生活するのに十分な衣食を見つけました。水回り一式もありましたよ」
「なるほど。私の方では娯楽用品を発見できました。テレビや本、ゲーム機類等もありましたね」
よかった。この七日間を一切の娯楽無しで過ごせというのならば、暇で軽く気が狂っていたかもしれない。
黒聖女様はベッドに腰掛け、僕は床に胡座で一休みした。僕の胡座については……もう予想が付いているだろう? 目の前の彼女からのお達しである。
初めは椅子に座ろうとしたのだが、椅子とベッドとの距離が近いという理由で許可してくれなかった。流石にそれは横暴すぎると思ったが、余計な争いは避けたいので心の中に留めておく。
「物資の確認を終えたところで、具体的にどのように過ごしてくのか決めていきましょうか。……あの紙に書かれていたことが真実ならば、一週間を耐えるだけで出られるでしょう。つまり用意された十分な量の物資で一週間を生き残るだけですね」
つらつらと述べ、紙に書かれていた『◯◯すれば出られる』の部分には触れずに話し続けた。とにかく只々七日間を生き残る方針でいくんだな。
「書かれていた『○○』を探し当てるより、安全に七日過ごした方が安全ということですね」
「そういうことです。ではまず衣食を等分にし、化粧室やお風呂の使用時間もずらし、極力互いのことに対して触れないよう生活しましょう」
「えっ」
思わず声に出してしまった僕を訝しげに見る黒聖女様。
「……何を疑問に思っているのですか? 私が貴方と同棲のようなことをして暮らすとでも? 結婚前、まして赤の他人である貴方と密室に閉じ込められていることでさえストレスなのですから当然でしょう」
いやそうなんだけど、正論なんだけど……もうちょっとさ、協力する気持ちを欠片でも出してくれませんかね。二人で閉じ込められているのはどうしようもないんで。
とまぁそんな反論を口に出せるはずもなく、静かに頷いた僕は物資を一旦全て取り出し、彼女の言った通りに分配した。
当然のように黒聖女様は僕を信用せず、僕を部屋の隅に追いやった後で物資に近づき、等分されているかどうかを確かめていた。
そして彼女は余ったシーツを細く丸め、部屋の真ん中に境界線を作るようにして置いた。
「この線が境界です。基本的にこれを越えないようにして生活し、どうしても反対へ行きたい場合は相手への申告が必須ということで」
そして分けた物資を抱え、彼女の陣地へと帰っていった。残された僕も物資を自陣へ移動させ、床に座って壁を背もたれにし、一息ついた。
衣食は安定。娯楽も十分。満足できる生活なんだけど……。
チラリと部屋の反対側を見る。そこにはこの異常な状況で早々に順応し、本を読んでいる黒聖女様の姿があった。
僕の視線など歯牙にもかけず、平然としている。その様子に少し溜め息をついた。
そりゃ会ったこともない人間と突然同じ部屋に閉じ込められたら、出来るだけその人と関わりたくないと思うだろうけど……楽しくとは言わずとも、何かしらの会話くらいはとってもいいんじゃないかなぁ。
それはそれとして、眠い。突然の状況に疲れてしまったのか、瞼を持ち上げるのが辛くなってきていた。
面倒なことは、一回寝て忘れよう。
そんなことを考えながら、俺はゆっくりと意識を落としていった。
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