一日目③
マーガレット・黒咲
仲間内からは”メグ”の愛称で呼ばれ、黒混じりの金髪が目を引く容姿端麗な女性。
その照り映える髪と日本人離れした顔立ちで、中等部入学初期から”聖女”と言われ崇められていた。そんな彼女とお近づきになろうとしたのは男女年齢問わず。
だが高等部のとある男子が不躾に話しかけたときから、彼女のイメージは激変した。その時の彼女の返答がこれである。
『初対面なのに馴れ馴れしいです。下心が丸わかりなので二度と話しかけないでください。あと女性にそのような態度で接して応えてもらえるとお思いなのですか? まずは女心を理解するところから始めた方が良いですよ』
この毒舌は、他の近づいてきた男子生徒にも繰り広げられた。唯一女子生徒に対してはそこまで強く話していなかったが、男子に言われて近づこうとしている女子の思惑を察知した途端に、毒舌を残して離れていった。
この毒舌と黒色の制服から、いつの間にかついた仇名は”黒聖女”。
だが毒舌を吐くからといって嫌われ者になるということはなく、逆にキツめのギャップが良いという理由で未だに高い人気を誇っている。また基本的には誰に対しても厳しい口調だが、時折友人にだけ見せる笑顔が可愛らしいという評判もあって、女子からも黒聖女と是非友人になってみたいと思われている。……それを果たすのがとても困難だという話だが。
とまぁ容姿と性格について述べてきたが、高い運動能力と優秀な成績も彼女の特筆すべき点だろう。
さて、そんな彼女と最大七日間を共にしなければならなくなった僕だが、彼女の毒舌を受け続けながら、一週間後の僕は精神を保てているのだろうか……
「……う、ぅん」
起きたばかりの働かない脳で現状を理解する。
軽い昼寝、いや朝寝のつもりだったが、思いの外ぐっすりと眠ってしまっていたらしい。
目線だけ動かして壁掛け時計の時刻を確かめる。……六時、か。
「……いや六時⁉」
慌ててがばっと起きる。目を擦ってもう一度視線を凝らしてみるが、本当に短針は六時を示していた。
「うるさいです。ゆっくり夕食も食べさせてくれないのですか?」
「だ、だって起きたら六時って。うそぉ……」
表し難い心情の中、視線の端には夕食としてシチューを食べている黒聖女がいた。とても美味しそうである。
「……一応聞きますけど、起こそうとしてくれたり――」
「ありえませんね。朝の時点で、私と貴方の生活は完全に二分割すると話したではないですか。それに寝たフリの可能性もあったので」
「ですよね〜」
想像通りのキツい回答には、雑な返事でお答えしよう。
流石にこれは侮辱と受け取ったのか、少し語気を強めた黒聖女が言う。
「なんですかその返事は。人が真面目に答えてあげたのにその態度はないでしょう」
シチューを口に運ぶ手を止め、お叱りの言葉を放った。しかし彼女と真面目に会話することを早々に諦めた僕は無視して自分の夕食を作り始める。
「……ちょっと。無視するなど、どのような教育を受けてきたのですか? 反応しなさい」
黒聖女がシチューを食べてるのなら、僕は汁物以外を食べようっと。何があるかな〜。
「聞いているんですか? 何か答えてください!」
お、ご飯とサバ缶があった。シンプルで質素だけど、案外こういうコンビが一番美味しかったりするんだよね。
「答えなさい!」
「うわぁっ⁉」
肩を力強く引かれ、中腰だった僕は勢いよく後ろに倒れた。なんとか頭を曲げて後頭部の直撃は免れたけど、それでも腰が痛い。
「っ
仰向けのまま、少し後ろにいる黒聖女の顔を睨む。想像より痛がった僕に少し戸惑いを覚えたようだが、どうやらお怒りのようだ。しかしいきなり転ばされてイライラしているのは僕もである。
「あ、貴方が無反応なのがいけないのでしょう⁉︎ 人に何か問われたら答えるのが常識というものです! せっかく人が歩み寄ろうとしているのに……」
は? 誰が歩み寄ってるって?
初めに少しでも心を開いてくれるように努力したのに、それをまともに受け止めようもせず真正面から叩き潰したのはそっちだ。そのことに、俺も限界を迎えた。
そこからは俺も立ち上がり、顔を合わせて互いの主張を言い合うだけの舌戦が始まった。
「最初に協力しようとしたのは僕ですけど? それを断ったのは貴方の方でしょうが。なのに勝手に被害者ヅラしないでもらえますか?」
「被害者なんて! 初めに貴方がもっと誠意を見せていれば――」
「見せただろうが! なのにアンタはそれも無下にするどころか僕のことを罵倒してきやがって……」
「急に早口になって言い返すとか子供みたいにキレてますよね。ヲタクみたいに怒る人、嫌いなんですよ」
「別に黒聖女から嫌われてもなんとも思いませんけど」
「先程からその”黒聖女”って呼ぶのを止めてくれますか? 貴方に言われることでより一層不快になるんです。それとも他人を渾名で呼ぶ自分がカッコいいと思ってしまう可哀想なひとなんですか?」
「と言いつつも周りからそう呼ばれるのを否定してませんでしたね。ダサい仇名が一番気に入っているのはアンタなんですよ」
「勝手に私の心情を騙らないでくれますか? そもそもこの場この時間帯にに貴方と口論している時間が無駄なんです」
「ならさっさと僕の領土から出ていってくれますか? これ以上アンタと話してると腹が立つ」
「言われなくてもこんな汚らしい場所出ていきます」
そう言い捨て大股で自分の陣地へと帰っていった。
取り敢えず今回の口論で分かったことがある。
僕はあの女が嫌いだ。
黒聖jy……黒咲も僕も、言い合いで息が荒れている。床にどかっと座る。丸一日何も食べていない状態にもかかわらず食欲が湧かなかったので、そのまま寝ることにした。
……寝れない。
半日も寝ていたのに夜寝れるわけがない。床で寝ているから背中も痛い。着ない予定の服を畳んで枕代わりにしたが、あまり役に立たなかった。
上体を起こして時計を見ると、九時だった。寝始めたのが六時であるので、つまり約三時間寝ずにウトウトしていることになる。
「……いくらなんでも惰眠を貪りすぎ」
部屋の明かりが消えているので、嫌いな同居人は遠くのベッドでぐっすり寝ていることだろう……そう思っていた。
「あれ? なんでトイレのドアが開いて……」
微かに光が漏れている。あれだけ警戒心が高すぎる黒咲が、鍵だけでなくドアも開けているのは異常だ。
……黒咲のことは嫌いだが、事故で倒れられていても困る。
一応の可能性があった。だが変に勘違いされるのも億劫なので、足音を立てずひっそりと近寄る。
「私―――多々良部さんはやさ―――なのに―――あやま――」
途切れ途切れの言葉が耳に入ってきた。正確には聞き取れなかったが、どうやら僕について愚痴っているらしい。
この閉鎖空間で相手への文句を言うことは、喧嘩中といえど
何かが原因で倒れているという不安も払拭できたし、これ以上自分への文句を聞くのは嫌だし、他人の愚痴を喜んで聞くような癖もない。依然目が冴えているが、自分のためにも彼女のためにも、早々に寝られるよう努力しよう。
そう思いながら寝床(本当の意味で床)へ戻った。
「ごめんなさい、多々良部さん……」
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