第94話
「御機嫌よう市長様!わたくしアンナ・リリエンクローンと申します」
市役所の市長室でアンナはカーテシーをする。
「君がラスベガスから来た料理研究家のアンナさんだね」
「えぇ、そうですわ。本日は折り入ってお願いがあって参りましたの」
「ふむ。どんな内容かな?」
「はい。わたくし、この茨ヶ丘の真米を使って新しく海鮮丼を作りたいと思っていますの」
アンナが言い終えると市長が考え込んた顔になる。
やはり難しいだろうか。少しの沈黙の後、市長が口を開く。
「いくつか条件がある。まず、茨ヶ丘真米の提供はロイ君に頼むこと。二つ目は、とある人物をこちらの陣営に引き入れてもらいたい」
わたくしを引き入れた彼ならば問題ないだろう。しかし、問題は別にある。
引き入れる人物についてだ。おそらく、彼は反NOEs勢力の一人だろう。
「その方って、どなたですの?」
「特級賞金首『白貌』だ」
「無理ですわ!!!」
ツルギ製薬襲撃事件や水鏡系列サーバ破壊騒動はラスベガスに居た時でも大きなニュースとして取り上げられていた。
懸賞金は10億以上。しかも、まだ上がり続けている。そんな怪物と敵対したいと思うはずがない。だが、市長は首を横に振る。
そして、懐から一枚の写真を取り出し机に置く。そこには、黒髪の青年が写っていた。
「彼が白貌だ」
「彼を引き入れるって仰られましたが、市民の皆さんの納得は得られるのですか?」
いくら美味しいものを作っても市民の支持を得られないのでは意味が無いのだ。
それに、市長が言ったように、彼の実力が未知数である。
仮に、彼が無害だったとしても、十分に彼に邪魔される可能性がある。それでは、せっかくの計画が台無しになる。
「お言葉ですが市長。わたくし、小娘ですが茨ヶ丘の一市民として申し上げますわ。彼を引き込むのは危険すぎますわ!」
「確かに、その通りだよ。だけどね、僕は思うんだ。彼は恐らく、白貌を辞めたいと思っているんだ」
「何故そんな事がわかるのでしょうか?」
「勘だよ」
「……」
「でも、確信はあるよ」
「根拠をお聞かせ願えないかしら?」
「ツルギ製薬襲撃事件は、そうだな。君が義足になった理由と同じだろう、彼も『シュメラペス』の被害者だ」
「それは……本当ですか?」
「彼には”たまたま”襲える力があったんだ。君のお父様も賠償を求めたと聞いたが、
「……」アンナは黙り込んでしまった。
「襲撃当時の話によると、全ての被害者に賠償と謝罪を求めたようだね」
「……そうでしたわね。父は『白貌』は恐ろしいが感謝もしていると言ってましたわ。お父様は私たちのような薬害による四肢不全の子供たちへの金銭的な助けは出来るが、憎しみは取れないと言ってましたわ。わたくしも正直……気持ちが晴れましたわ」
「それと同様に、水鏡系列サーバ破壊騒動は不動産の違法な地上げを無くすためだったんだ。これは、僕たちにとって都合が良いんだよ。この国には電脳犯罪に関する法律は無いに等しい。君に白貌の情報を渡そう。よく考えてくれ」
◆◆◆◆
アンナは葛藤を抱えながら商店街を歩いていた。
「白貌さんかぁ……」
アンナは考える。確かに、市長の言うことは一理ある。
「取り敢えず、彩さんに報告しよっかな」
彼女はアンナが市長と話をしている間、商店街で時間を潰すと言っていた。
『もしもしアンナちゃん?終わったかしら?今、電気屋に居るよ』
「わかりました!すぐ行きます!」
電気屋はすぐそこだ。電気屋は、暗くじっとりとした雰囲気だ。
「ごめんくださ~い」
「いらっしゃい」
店主のおばあさんは気怠そうに答える。
「あの、彩さんってどこですか?」
「あの嫌味ババアか。おい!彩!お前の可愛いお嬢ちゃんが来ているよ!」
「は~い」
二階からふわりと降りてきた。今飛んでなかった?
「彩さん、終わりましたわ!」
「それでどうだったの?」
「おい、お前さんたち。ここは茶屋じゃないよ。ほら帰った帰った」
追い出されてしまった。
「じゃあ『白の輪』に行こうか」
歩きながら話を続ける。
「海鮮丼を作るのにはおおむね許可が出ましたわ!町おこしのアイデアとしては良いよ、って市長さんはおっしゃいましたわ!」
「うんうん、それで?」
「NOEsから合法的に魚を取るのも、河川敷の土地の許可も下りましたわ!」
「やったじゃん!アンナちゃん偉い」
えへへ、よしよしされました。
「でも一つ、条件があると言われました。」
「そうなんだ。っと丁度着いちゃったから、コーヒー飲みながら話そうか」
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