第89話 閑話


 特級賞金首、白貌ハクボウ


 四大財閥の草薙アームズ水鏡メディア天照ホスピタル月読メガバンク、全てに指名手配されている超極悪人。


 その素顔を知る者はいないとされている。懸賞金は11億5千万新円。その金額は世界中探しても彼を含めて数人だ。


 何故、これほどまでに狙われているのか。ツルギ製薬襲撃事件や水鏡系列サーバ破壊騒動を始めとする数々の事件への関与、そして――電脳ネット犯罪組織の壊滅。


 彼は電脳犯罪者を狩ることを生き甲斐としていると言われている。特に電子麻薬の売人、及び違法賭博場の運営者を最も憎んでおり、見つけ次第必ず殺すのだ。


 大阪ダイオオサカ政府公認IR「ドリミーアイランズ」大規模破壊工作事件では、汚職していた政府高官を芋ずる式に逮捕させ、社会を混乱させた。


 彼はある種の抑止力となっている為、彼が行う殺しは企業の治安部隊を除き、大抵黙認される傾向にある。


 だが、それでも彼を倒そうと企んでいる者は後を絶たない。そんな彼が今いる場所は、とある中央セントラルの外れの廃工場だ。


 目の前には武装した男たちがいる。人数は20人程度。皆一様に殺気立っているようだ。


「あんたが白貌か。随分若いんだな」

「これでも今年で18になる。立派な成人だ。煙草も吸えるぞ。」


 そう言って懐から葉巻を取り出し、火を付ける。彼は整った素顔を晒していた。


「せっかくのラーメンを邪魔したんだ。……覚悟は出来てるよな?」


 珍しい事に俺は、いつもの『御面』は被っていない。下町の錆びついた店の上手いラーメンを食べようと外した時に話掛けられたのだ。食文化を壊されたくないから大人しく従って付いてきたらこんな場所まで連れてこられてしまった。


「今は武器も持っていないし、素手で相手しよう」

「舐めやがって……!野郎ども、ぶっ殺せ!」


 リーダーらしき男が指示を出す。一斉に飛びかかってくる男達。その動きは訓練されており、洗練されたものであった。


「はっはぁッ!!」


 一人の男の拳が顔面に飛んでくる。義体化されたソレは並みの人間なら当たればトマトの染みになってしまう……”当たれば”の話だが。


「うぐぅ!?」


 男の拳は白貌の鼻先を掠める。白貌は半歩横にズレ、最小限の動きで避けていたのだ。同時に鋼鉄の膝蹴りを急所きんてきに打ち込んだのだ。


「遅い」


 そのまま流れ作業のように次々と敵を仕留めていく。一人、二人、三人……。その動きはまるで舞うように優雅で美しかった。


「……なんだよ、コイツ……強すぎる……バケモンじゃねえか……!」

「……悪いな。俺はお前らとは違って、”上手い飯”で育ってきたんだよ!!」


 最後の一人を殴り飛ばすと、辺り一面血の海だった。全員頸椎まで破壊できたかな。


「……さて、そろそろ来る頃かな」

「よく分かったな。さすが白貌だ」


 後ろを振り返ると、そこにはスーツを着た壮年の男性が立っていた。


「……アンタが所謂、企業の裏仕事ブラックビジネスを提供する名無しジョン・ドゥって奴か」


「そうだ。私が仲介人だ」


 男は懐から端末を取り出す。


「君のことは色々と調べさせて貰ったよ。


「そうだな。残念なことに俺は巷で有名人らしい」


「どうやら、『鉄竜会』を壊滅させたのも君の仕業らしいね」


「ああ、仁義のない目ざわりなヤクザが、俺の行きつけの中華屋を潰そうとしたからな。三日前だったかな」


「なるほど、そういうことかい。全く、君は評判通り怖いねえ」


「俺が起こしたんじゃない。向こうが勝手に仕掛けてきただけだ。それで?俺は仕事は受けてないぞ。帰ってくれ」


「一つ、聞きたい事がある」


「何だ。下手な事を聞いたら、その首をへし折るぞ」


「海鮮──それも特別、大物に興味は無いかい?」


「ほう」


 白貌はその言葉に興味が湧いた。


「実は金持ちの道楽で”鮮魚を振舞おう”という計画が出てな」


「……で、その魚はどこで取れるんだ?」


「太平洋にある離島だ。ここ200年で海洋生態系は大幅に回復した。そこの魚はとんでもなくデカくて、市場には出回らない。だが、味は絶品だと保証する。そのデカさと希少価値の高さから、値段も相応に跳ね上がるだろう。事業が軌道に乗ったら安定して鮮魚を送ろうじゃないか」


 白貌の眼に光が宿った。


「面白い。という事は俺に、あの物騒な海洋保護団体の相手をしろと」


「ああ、何せその離島は団体の支部があるからな。そこでお前の出番だ」


「分かった。その話、乗らせて貰う」


「契約成立だ。それでは、報酬は前金としてこのくらい。そして、成功報酬は……」


「いくらだ」


「ざっと10億新円だ。それ以上は出せない」


「いいぞ。その話、引き受けよう」


 こうして白貌は依頼を引き受けた。


 俺はラーメン屋に戻る。


 横引きの扉を開けると熱風が吹く。


 油っぽい床と年季の入った店内。濃厚なスープの香りが充満してる。


「済まない、おっちゃん。手間取ってしまった」


「ガハハ、大丈夫だ。ほれ、塩ラーメンだ」


 顔の片側を義体化している店主が豪快に笑いながら麺を茹でている。カウンター席に座ると目の前にどんぶりが置かれた。湯気が立っている。


「いただきます」


 手を合わせ、割り箸を手に取る。麺を口に運ぶと、強いコシと小麦本来の旨みが口の中に広がる。鶏ガラベースのあっさりとした醤油ベーススープとの相性も抜群だ。


「やはり上手いな、タンパク質加水分解物は良いのを使ってるな」


「おお、坊主。それが分かるとはお前さん、かなりの”ツウ”だな」


「いや、そんなことはない。俺はただ、美味いものが好きなだけだ」


「そうか。ところでお前さんのその御面だが……なんでいつも付けてるんだ?」


「これか。これは……祖父から貰ったものなんだ」


「そうか……何か事情がありそうだな。深くは聞かないが、困ったことがあったらいつでも来いよ」


 そう言って店主はニカッと笑った。


「ごちそうさまでした。おっちゃん、美味かった。また来ます。」


「おう、次は味噌チャーシュー麺を試してくれよ」


 店を出る。外は既に暗くなっていた。御面を被り直す。


「さて、家に帰るか」


 義体化した下半身を駆動させ、帰路に就く。


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