第88話

 一時間ほどして、町医者が来た。


「これは驚いた。本当にコールドスリープ状態になっている」


「やっぱりそうですか」


「ああ、脳波も正常だし、呼吸も脈拍も問題なし。ただ、体温が低いのと、代謝機能が低下傾向にあるので注意が必要だ」


「ふむ、それでどれくらい掛かりそうですか?」


「ざっと一週間といったところかな。サプリを投与しておいたから、起きたら私を呼びに来てくれ」


「分かりました。ありがとうございます。報酬はおいくらになりますか?」


 俺は礼を言う。


「いや、結構。私も貴重な体験ができたからな。あと、その娘が起きたら連絡してくれ」


「それはありがたいです。助かります」


 町医者が帰った後、俺達はする事がなくなってしまった。


「さて、これからどうする?」

「私は一度帰りたいのですが、よろしいでしょうか?」


 雫さんが遠慮がちに言ってくる。


「勿論、大丈夫だよ。明日また迎えに来るので良いかい?」

「はい、よろしくお願いします」

「それじゃあ、また」

「はい、また」


 雫さんと別れ、俺とマオが残る。


「お前も帰っていいんだぜ」

「うるせえ!俺はまだやることが残ってるんだよ」


 そうだ。マオには植物の世話があるのだ。


「それに、あの女はどうすんだよ?起きたときに誰も居なかったら可哀想だろ!!」

「それもそうか。じゃあ、俺らは一週間徹夜で仕事するか……」


 俺らは地下室から上がる。螺旋階段を上がりながら、マオがふと思い出したように話を始める。


「あ、そう言えばアンナちゃんがよ。お父様の資金で漁業をしようとしてるらしいんだよ」


「本気か?海洋保護団体が黙ってないぞ」


 ロイは真顔で止める。


「ああ、だから止めた方が良いと思うんだよ」


「まあ、それはそうだろうな」


 数百年前、世界大戦や大企業による開発により海洋汚染は深刻化していた。これを解決する為に、海洋保護の世界規模のプロジェクトが企画され国から独立して行っていた。そのおかげで東京湾や多くの臨海工業都市を除き、海の多様性が守られている。



「でも、日本ここって海産物の需要は高いらしいじゃないか?特に寿司とか刺身なんかは人気だろ」


「そりゃそうだろ。日本人俺らは魚好きだし」


「だったら、需要はあるはずだろ?」


「でも、保護団体はシンプルに武装してるぞ?漁船なんて一発だ」


「うーん、どうすりゃいいかなぁ。ロイ、なんか良いアイデアないか」


「取り敢えず、アンナちゃんを説得しないとな」


「ああ、そうだな。……そういや、ロイ、海鮮系のキメラ作るとか言ってなかったか?お前の技術なら養殖とか行けるんじゃないか?」


「えーー、それ聞いちゃう?黙っておこうと思ったのに」


「いや……お前、意外と面倒くせぇのな」


「いや、年近い野郎がいるとこうなるのよ。前職の仲いいやつとかとはこんな感じだったよ?」


「面倒くさい上司じゃん……そういや、開発者にしては筋肉とか付きすぎだし、肝据わりすぎじゃないか?」


「あーー。それな。ちょびっと裏の仕事してたりしてたからかな。後で話すよ。取り敢えず、海の魚とかの遺伝子欲しいな」

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