第81話 閑話

 時空断層における自我の保護は、宇宙での探索上においてnモデル空間での生存率を向上させる為に研究が進められてきた。本研究では乙種時空断層での生存、及び断層間移動を確立させることを目標としている。また、この実験には時間遡行の可能性もあるため、その点についても留意されたい。

 時空断層の中でも乙種時空断層は、アサダ粒子線が物質に作用し、その結果として生じる時空の歪みであることが知られている。時空の歪みとはつまり、時間の進み方が歪むということである。通常我々は1秒を60分の1と定義して時間の流れを感じているが、それは我々の主観による観測の結果でしかない。我々が見ている世界は常に相対的なものであり、絶対的な時間は存在し得ない。

 もしもアサダ粒子によってもたらされる時空の歪みによって、我々が現在生きている世界を別の視点から眺めることができたとしたらどうだろうか? 我々は過去や未来を見ることができるかもしれない。そしてそれを観測することは、すなわち過去や未来の改変に繋がるだろう。つまり、歴史を変えることだ。

 しかし、乙種時空断層においては自己の再定義が行われる。自我崩壊から、身を守れなければ上記の転移技術も、過去の改変も行う事が出来ない。概念系空間における自我保護は、空間そのものへの介入と言っても良い。これまでの理論は、アサダ粒子線によってもたらされる時空の歪みが自我の崩壊を引き起こすことを示していた。しかしこの理論では、アサダ粒子線の照射を受けていない状態で時空の歪みが発生した時、時空間の連続性は保たれるのか? という疑問が生じる。よって今回の研究では、乙種時空断層における自我の保護を実証することを目的とし、さらにアサダ粒子線が存在しない状態での時空の歪みの発生条件についても調査を行った。その結果、アサダ粒子の存在量によって歪みの差異が認められた。私は非歪み空間でアサダ粒子線を浴びせることによってのみ自我を保護することが可能であると考えられる。また、乙種時空断層内におけるアサダ粒子線は、自我崩壊の原因ではなく、むしろ自我を強化する役割を持っていることが明らかになった。

 以上の結果を踏まえると、時空断層における自我崩壊は我々が認知出来ない特異存在Xによる介入によって引き起こされるものであると考えられる。人間の認識できないところで歴史が改変されるように、アサダ粒子線を浴びたことでその存在Xの存在を知ることができるようになったのではないだろうか? それによって自我が崩壊した。意識がアサダ粒子線の中に溶け込む前に、その者の存在を知覚できるようになるのではないか? そこで、アサダ粒子線を浴びずに時空の歪みを発生させる方法について検討を行ったところ、驚くべき事実が発覚した。

 これまでの研究によると、アサダ粒子線を照射したマウスは、照射していない場合に比べて有意なまでに寿命が長いということが明らかになっている。つまり、照射されている個体は、より長く生きられるということだ。しかしながら、それはあくまで統計上の話であり、実際にどのような影響があるかまでは判明していなかった。しかし、新型のアサダ粒子照射機を用いた実験でチンパンジーにアサダ粒子を照射したところ、何者かに怯える様子が確認できた。また遺物による記憶処理により回復した。この事からアサダ粒子によって一時的に存在Xを認知できるのではないか。

 ここで、仮説を立てたいと思う。それは、アサダ粒子線を浴びた知的生命体は、アサダ粒子線を浴びなかった生物と比べて有意に長い時間を生きることが出来るというものである。つまる所、アサダ粒子は存在Xを知覚できる効果+生物の寿命を延ばすという効果があると仮定できる。

 この仮説を証明するために、まずは、アサダ粒子線を受けた個体と受けていない個体の間に生じる違いについて検証したいと思う。具体的には、アサダ粒子線を浴びた個体と浴びていない個体の間で時間の流れがどのように変化するかについても研究課題として掲げていきたい。

 最後に、今後の予定だが、アサダ粒子線の大規模照射装置の開発に成功し次第、被験者を募りたいと考えている。その際は、事前に告知を行い、応募があったものの中から抽選を行うことになるだろう。

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