第80話

 優しいオレンジの明かりが灯された、Bar。言わずもがな「黒の輪」である。


「マスター、お久しぶりです」

「ああ、ロイ君。京都は楽しんでるかね?」


 カウンター席に着くとマスターはグラスを拭きながら、反応する。


「ええ、絶好調ですよ」

「それは良かったです。早速呑みますか?」

「それじゃあ、WI-1075-001いつもので」


 注文をすると、マスターが早速ウィスキーを注ぐ。その一連の流れは洗練されており、惚れ惚れする。


 音もなくウィスキーのグラスが置かれる。チビチビ飲むと酩酊感が現れる。


「あ~幸せ。人と飲むのも良いけどこんな風に架空世界で飲むのもありかな」


 呑み終えると、頼んでもいないのにマティーニが出される。


「あちらのお客様からです」


 そちらを向くとニタリと笑っている赤髪の悪魔、エミリが居た。


「ロ~イちゃん♡一緒に呑もう?」

「げ!」


 名状しがたい独特の速さの動きでこちらに近づき、隣に座られる。


「ロイ君何か、カッコよくなった?気のせい?」

「残念ながら、俺はそんな浮ついた男じゃないんですよ」


 適当に流す。彼女は強い酒を飲み干すと、次を頼む。


「ふーん、じゃあ、どんな女がタイプなの?清楚系?それともスタイルが良い方?あっ、あたし?なんてね♪」


 一人で盛り上がっている。面倒な酔っ払いが出来上がってしまった。


「さぁ、どうでしょうね。それより貴女は何をしているんですか?」

「仕事だよぉ!賞金稼ぎぃ!あたしのことはいいからさぁ、ロイちゃんの話聞かせてよ!」


「特に話すことは無いですよ」

「嘘だね、君は絶対何かを隠している」

 真剣な眼差しで俺の目を見つめてくる。


「……別に、ちょっと忍者と戦っただけですよ」

「にんじゃーー!?おもしろーい。話してよぉー」

「嫌ですよ。疲れるし」


「えーロイちゃんのケチぃ……ねぇ、そろそろ、教えてくれても良くない?」

「……何をですか?」


「あたしさ、ロイちゃんのこと好きだよ。でも、ロイちゃんは違うでしょ?」

「ま、まあ」


「聞いた話によると~?雫ちゃん、って娘が好きみたいだね」


 思わずマティーニを噴き出す。マスターは慣れたもので、すかさず布巾で机を拭いた。


「ゴホッゴホ、どこ情報ですか?それは」

「内緒♪」


 不敵に笑う彼女。


「それでぇ?雫ちゃんとはどこまで進んだの?告白したの?キスは?初体験は?」

「うるさいですね。そういう関係ではないです」

「またまた~。あ、分かった!ロイちゃん、童貞だよね?」

「失礼だな。俺だって経験くらいありますよ」

「本当?」


 疑わしげにジト目で見られる。心当たりはあるので、目を逸らす。


「マジか……ロイちゃん……」

「……悪いですか?」

「研究で忙しかったんだから、しょうがないだろ」

「23にもなって、童貞だから告白も出来ないのかーー。いやー可愛いねー」


 ケラケラと馬鹿にしたように笑いやがった。ムカつくなこいつ。


「そう言う貴女はどうなんですか?」

「え?あたし?あたしは、その、まだというか、ずっと処女だけど?」


 恥ずかしそうに身を捩じらせながら、とんでもない発言をした。


「なんだよ。貴女は俺をからかいに来たんですか?」

「違うよ、君に興味があるんだ」


 真剣な表情だ。彼女の真意を測りかねている。


「あたし、ロイちゃんのことが好きなの」

「またまた、冗談はよしてくださいよ」

「ううん、大真面目。本気でロイちゃんのこと愛してるの」


 心臓の鼓動が早くなる。こんな美女に告白されるなんて夢にも思わなかった。


「ごめんなさい。気持ちは嬉しいですが、俺は雫さんが好きだ」

「あー振られちゃったー。そっかロイちゃん、お幸せにねー」


 肩をポンと叩かれる。


「お会計お願いします」


 そして彼女はログアウトしてしまった。はあーやっちゃったな。残されたマティーニのオリーブは、やけに存在感を示していた。

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