第44話

「誰の紹介でここに来た?」


 唐突な質問だ。


「紹介状ならありますけど、一体何の話でしょうか?」


「怪しいな。おい、偽造していないか確認しろ」


 男の部下であろうものが近づいてくる。電脳世界とは言え五感はある程度再現されている。つまり、殴られたら痛いのだ。


「ちょっと待って下さい。何かの勘違いですよ」


 大丈夫、大丈夫。市長の手配したものだ。招待状が偽物なんて──


「黒だ。貴様はスパイだ。捕らえろ」


 部下の男に腕を掴まれる。普通に痛い。どうしよう、避ければ良かった。どうするのが世界なのか分からないが取り敢えず誤魔化そう。


「放してください。私は何もしてませんよ!!」


「うるさい。黙れ」


 すると一人の青年が会話に割り込んで来る。


「すみません、そちらの方は私の紹介です」


眼鏡を掛けており、知的な雰囲気を感じさせる風貌だ。


「清十郎様、これは一体どういうことですか?」


「彼は、私の知人の友人でして、このパーティーに招待されていたのです。彼のことは私が保証します」


「……それは大変申し訳ございません。チッ。どうぞ、パーティーをお楽しみください」


 男が去っていく。


「助かりました。有難うございます。あの……草薙家の長男ですよね」


「ええ、そうです」


 やっぱりか。道理で見覚えがあるはずだ。この人は、草薙家の御曹司だ。


 俺が知っている限りでは、この国のトップ5に入る程の大企業だ。この国の経済を動かしていると言っても過言ではない程の影響力を持っているのだ。


 当然のようにこの会場にいる人達も近寄ろうとしない。まあ良い噂は全くないからな。それに加えてこの美貌だ。老若男女問わず、目を奪われるだろう。しかし、そんな彼がどうしてここに?俺が思考を巡らせていると、彼が口を開く。


「君、少し時間はあるかい?」

「えっ、はい。大丈夫ですけど」

「良かった。少し話したいことがあるんだ。付いてきてくれないか」


 会場を出て、エレベーターに乗り込む。扉が閉まる。


「あのー、何処に行くんですか?」

「安心してくれ。悪いようにはしない」


 着いた先は屋上だった。電脳上だが月明かりは撫でるように注ぐ。


「君の事は知っている、四井重工に狙われている遺伝学研究者のロイ君だね」


 どうしてその事を。まさか既に監視されていたのか?いや、そんなはずはない。俺は誰にも情報を漏らしていないし、そもそも顔すら割れていない筈だ。何故……。警戒心を強める俺に対して、草薙清十郎は続ける。


「ここは安全だから心配する必要はない」


 一体何を考えているんだ? 俺は思考を張り巡らせる。


 わざわざこんな所に連れてきて一体何を話すつもりなんだ?この国のトップ5の財閥の御曹司がただの町おこし実行班である俺に一体何の用だ。


「単刀直入に言うよ。僕は、君のファンだ」


 おっとー!?!?!?


 何か思ってたのと違う展開になってきたぞ。俺が動揺を隠しきれないでいると、


「突然の事で驚いたかもしれないが、これは本当だ。君は本当に素晴らしい」


「そ、そうなんですか……」


「君が以前開発していた番犬ベオウルフについても興味深く読ませてもらったよ」


 おい、ちょっと待て。どうして俺の開発品を知っているんだ。


「あ、あれを読んだんですか?」


「ああ、読んだとも。いやー、とても面白かったよ。特に人工知能を搭載した警備システムとか最高だよね」


「いやいやいや、あれは企業秘密なんで」


「ふむ、まあ確かにそうかもね。はあ...」


 彼は屋上のベンチに座り込む。そして、暫くの沈黙の後、彼が切り出す。


「それで、招待者リストには載っていなかった筈だが、何が目的だい?面倒ごとは起こしたくないだろ?」


 流石に隠し通せる相手じゃないようだ。まあ最初から気づいていたみたいだけど。

 俺は覚悟を決めて答える。


「はい、招待状は偽造したものです。理由は、コネクションを作る為です」


「コネだと?そりゃまた面倒くさい事を、どうしてコネが必要なんだ」


「俺達の町を盛り上げたいんです。その為にも人を集めないといけないんですよ」


「成る程ね。あ~そう言えば”町おこし”の招待来てたわ。珍しいキメラ料理だっけ?」


「ええ、まあその通りですそれで今回は真米を作ろうと」


「なるほどね。いいよ。協力しても」


 断わられると思っていたが、案外あっさりオーケーが出たな。拍子抜けしてしまう。


 しかし、彼の目は真剣だ。これは下手を打てばまずいな。気を引き締め直す。

 さっきまでの柔和な雰囲気は消え失せ、鋭利で刺すような視線が俺を貫く。


「ただし。条件がある。我が社の利益になるもの。我々は軍事開発を進めている。君が以前働いていた四井重工の機密データを渡して欲しい」


「あ、いいですよ」


 丸ごとデータを送る。


「は?良いのか?そんな簡単に」


「ええ、良いですよ。それに俺が持ってても使い道ないんで」


「だが、このデータで大勢の命が奪われるかもしれないんだぞ」


「俺は、修行してて思ったんですよ。自分の正義なんてちっぽけなもんだって事に。で、一年くらいずっと最強アルゴリズムと戦って2000回は死にました」


続ける。


「それでも守れるものは守りたいし、理不尽なのは死ぬほど嫌いですよ。でも、この世界じゃ理不尽に立ち向かうには正攻法では勝てない。だから、卑怯だろうが悪だろうが、自分の目的の為なら手段は選ばないし、それが結果的に誰かを救う事になるのならいくらでも汚名を被る。これが今の俺のポリシーです」


 彼は黙って俺の話を聞いている。


「だから別に構わないですよ。それに、こちらに銃口が向けば躊躇いなく財閥だろうが潰します」


「……データより成長しているね。君はとても芯のある人間だ。気に入ったよ。その話乗ろうじゃないか。君とは仲良くなれそうだ」


「ありがとうございます」


「それではよろしく頼むよ」


 握手を交わす。こうして俺は大企業のトップとコネを作る事に成功した。


 退職後の秘密保持契約?知らんな!!

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