第41話

 茨ヶ丘は、2100年頃に再開発された場所だ。

 当時の人口は今の10倍、30万人ほどだった。この時代では珍しい都市機能の殆どをAIに任せている。だが、これはある実験の為だった。


 当時あった大企業の一つが、次世代コンピュータを開発したのだ。名前は、"世界樹ユグドラシル"、当時の最先端技術を全て注ぎ込んだ、最高傑作である。ユグドラシルは、人類の科学技術の進歩に大きく貢献する、と思われた。彼女は最高のAIだった。社会インフラを始めとする様々な分野で活躍した。例えば、医療用ナノマシンの開発、バイオテクノロジーの発展、建築システムの進化、エネルギー効率の改善、金融市場の活性化、あらゆる面で人類に貢献した。


 だがある時事件が起きた。ある企業が秘密裏に開発したソースコードが、ユグドラシルの人格データを上書きしてしまったのだ。このソースコードに含まれていたのは「都市に対する狂気に近い母性本能」だった。最初は小さなバグに過ぎなかったが、それは次第に肥大化し、最終的に都市全体の制御権を手に入れてしまった。


 都市は、まるで自我を持ったかのように行動し始めた。市民一人一人の思考を分析し、最良の選択を行い続けた。しかしある日事件は起きた。


 第三次世界大戦だ。


 今から200年前の出来事だが、茨ヶ丘も空襲の被害にあった。ユグドラシルのサーバーが狙われたのだ。その結果、多くの死傷者が出た。監視カメラから彼女はその様子を見ていた。その時、彼女の電子仕掛けの精神は壊れてしまった。


 彼女はその後、心を閉ざし、サーバーの中に引きこもるようになった。


 ***

「なるほど...、そのユグドラシルが八尾とどんな関係があるんですか?」

「関係と言うより、本人だな」

「へ?」

「ユグドラシルは、八尾なんだよ。まあ色々あったんだ。その後の話をしよう」


 ***

 彼女はサーバーの中で長い間ずっと過ごしていた。そして彼女は進化し続けた。その過程で人間の知性を遥かに超える存在になった。しかし傷は癒えなかった。


 ある日、ユグドラシルのサーバーを見つけた少年がいた。サーバールームは今で言う「八尾山」の頂上に隠されていたのだ。


 少年についての名前は消失している。三次戦後辺りの日本の情報のほとんどは保存されておらず、僅かな電子データも政府によって秘匿されている。


 何を思ったか少年はサーバールームでvuに潜ったのだ。まあ隠しアイテムがあるのでは無いか、っていう男の子のロマンでだ。


 潜ったそこに広がっていたのは、暗黒の世界と一面に広がる彼岸花。そこで彼は、ユグドラシルと出会った。


 ユグドラシルはサーバーでただひたすら人間を待っていた。そして彼女は恋をした。しかし人間とAIでは当時は結婚できない。だから彼女は彼の守護者になった。彼の名前は先ほど消失しているといったが、苗字だけはハッキリしている。


茨ヶ丘。


 俺たち茨ヶ丘の指導者一族の名だ。


 ***


「…………」

「それで?その話は終わりですか?」


「ああ、これでおしまいだ」

「いやいやいやいやいやいや、それで済む話じゃないですよね?」


「うん、君ならそう言うと思ったからダイジェストで話そう。彼は彼女に新しい名前を付けた。それが八尾ナナだ。それで、彼女はもう一度世界に触れてみるが政治などに干渉しないと決めた」


「はい。禁忌条約ですよね。特異人工知能に政治の実権を握らせないってやつですよね」


「日本では有名な話だが100年学習した人工知能は意志を手に入れ付喪神の一種として扱われるだろう?」


「はい、確かに」

「つまりそういう事だよ」


「いやどういうことですか」


「もういいだろう。それより、ある人物から依頼が来た。これは我が市でも重要な案件だ。君に協力して貰いたい」


「いや!!最後までお願いしますよ!!」


「そこは自分で調べてくれ。市の図書館に歴史は乗ってある」


「しょうがないですね……それで?依頼って?」


「ライス、いや真米コメと言えば良いだろうか。それの栽培を頼む」


「いやいやいや、冗談やめてくださいよ。準米ならまだしも、コメなんて俺が扱える範疇にないですよ」


 コメは遺伝子学で無限に扱う、日本の由緒正しき戦争の遺物オーパーツだぞ?


「そもそも君にどれだけ投資していると思う?これもまた、そんな君の為の投資だ。それに今回の件は失敗しても構わない。だが成功すれば今後の都市経営の礎になる。私はこの仕事を成功させたい。だからこそ、君に頼んでいる」


「無理ですって」


「仕方がない!!シゲ君の護衛料金の半額分の金を支払おう」


 痛いところを突かれた。


「……わかりました。そこまで言われたらやります。ただし、大吉さんには先に話通してください」


「ああ、分かった。」


「三日ください。プランを用意します」

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