第36話

 瞬き一つの間、雫の胸から女の白い腕が生え、血が噴き出す。


 突然の出来事にロイは頭が動かない。


「なっ」


「さあ、大切な人なんて簡単に死ぬ。それが…この世界だ」


死んだ?雫さんが?どうして??


「お前ッ!」


「おっと、動くなよ。」


 思わず叫ぼうとするが、ロイは動けない。脳が、体が命令を拒否する。恐怖に支配されているのだ。


「この子は返してやる。」


 胸に生えた手が抜かれ、倒れる雫を受け止める。


「さあ、どうする?妾を殺すか?」


 女はニヤリと笑う。悪魔のような笑みだった。ロイは動けない。脳が、体が命令を拒否する。恐怖に支配されているのだ。


「どうして……どうして殺したんですか!!」


 彼女を優しく横たわらせる。雫は苦しげに眉間にシワを寄せている。


 女はロイを見て、楽しむように言う。悪魔のように口角を上げ、ロイを見下ろす。


「……殺します」

「ほぉ、どう殺す?」

「そんなの決まっています」


 ロイは拳を握る。強く握ったせいか、掌に爪が食い込み血が流れる。

 その様子を見ながら、女は呟く。


「ああ、お主の覚悟を見せてくれ」


 次の瞬間、女は姿を消す。それと同時に、部屋のライトが落ちる。

 一瞬で闇に閉ざされる。


「何処に行った」


 声が聞こえる。


「妾は此処にいるぞ」


 辺りを見回すが何も見えない。しかし確かにいる。声だけが聞こえてくる。


「何が目的だ」

「なに、ただのお遊びじゃ」


 ロイは拳を構える。そして息を大きく吸い込む。目を閉じ集中し、意識を広げる。周りの音が遠くなり、自分の鼓動の音が大きくなっていく。

 目を開く。


「そこだ!」


 女は少し離れた所でこちらを見ている。その瞳には、動揺の色が浮かぶ。


「……なるほど、面白い」


 女は微笑む。しかしその目は笑ってはいない。


「さて、お遊びは止めようか。お主も分かっただろう。中途半端な暴力や正義感じゃこの世界では生きていけない」


 雫の死体が拡散する。それは生物的な分解でない、電子的な拡散。


 まるで死体の残らないゲームのような……








「ってことでドッキリ大成功じゃ!!!!」


 部屋の電気が点き、明るい声で女は叫ぶ。ピースピース。


「え?」


 ロイは呆然とした顔になる。


「いやー!ちょっと驚かせ過ぎたかのォ。あっはっはっは」


 楽しそうな女とは逆にロイの顔は引きつっている。


「どういう……ことですか」


「ここは電脳世界であり、今先ほどから経験したものはすべて仮想なんじゃ」


「つまり雫さんは死んでない、と」


「そういう事じゃ。お主が熊を殺しに飛び出したせいで、長の娘が妾に相談しよっての。それで判断力を鍛える訓練をしようとここに連れてきたって話じゃ」


 ロイは安堵する。と同時に怒りを覚える。


「なんですかそれ……」


「怒る気持ちは分かる。でもこれもお主が理不尽に打ち勝つ為じゃ」


スパーン!!


ロイの手のひらが女の頬を打つ。これぞ男女平等パンチ!!


「まあ、そうなんでしょうけど」


 ロイは覚悟を決めた。コイツ……ぜってぇ後で泣かす。


「痛いのじゃ!何をする!」


「何って?ただのビンタだが?」


「うるさい!!次いくぞ」


「は?」


 悲しいかな、新たなステージに飛ばされる。

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