第27話 閑話
ジャズが流れる喫茶店。赤髪の女性がマスターに愚痴る。
「ねーマスター。最近いい仕事が入ってこないんだけどー。最近調子悪いなー」
「そのうちツキが回ってきますよ」
マスターはグラスを拭きながら答える。回転するグラス。
「ロイちゃんとも全然喋れないしさー」
「まあお仕事忙しいですもんね」
「ま、いいや。マスターお会計」
「はい」
空中にウィンドウが表示される。会計確定を押し自動でクレジットが引き落とされる。エミリは会計を済ませるとvuからログアウトする。
覚醒し、瞬きを数回。現実に戻る。
「しかしロイちゃんもvuに全然ログインしない。普通じゃ死んだと思われるよ!……よし」
ベッドから文字通り跳ね起きる。ここは中央都市の外れ、セクター10のボロアパート。
私の名前はエミリ。年齢は秘密。職業は賞金稼ぎ。趣味は愛銃を整備すること。
「さて、仕事仕事」
今日も私は賞金稼ぎとしての仕事をこなしに行く。
私の愛用銃である「ラヴ」と「エデン」のメンテナンスを怠らない。銃は私の相棒だ。愛銃の整備も終わったことだし、出掛けるとしよう。
エミリの所持金は300新円である。水のボトル一本買えるかどうかのラインだ。今日の目標金額は10万新円。
「うーん。何か新しい仕事は……」
私はラヴを弄りながらvuのとあるサイトにアクセスして賞金首リストを確認する。
「おっ、ちょうど良いのがあるじゃん」
見つけたのは護衛。大企業の令嬢とお話しつつ警護をすれば報酬が貰える。
場所は高級レストラン「ル・シェネガ」。料理の値段は10万新円から300万新円まで。
この時代、サプリを敢えて使わず食べ物を口にするのは権威の象徴である。
「あーこの店、一度行ってみたかったんだよね。金持ちの友達とかいないし。これは行くっきゃないでしょう!」
階段の裏に隠してあるバイクを引っ張り出すとエンジンを回す。水素エンジン独特の起動音。ギアを入れると一気に加速する。
***
30分後、目的地に到着。一通りのない裏路地。一台のリムジンが止まっている
「あなたが今回、お喋りのお相手になってくださる方?」
「はい、そうですよ」
エミリはサングラスを外しながら答えた。
金髪碧眼のまだ幼い少女。彼女はドレス姿でとても気品を感じる。
「では参りましょうか」
エミリと少女は車に乗り込む。車内はとても静かだ。しかし空気が重いわけでもない。この少女の振る舞いに品があるからだ。
「今日はどういったご用件で依頼を?」
「若い市中の女性とお話がしたかったの。退屈していたので」
「あら、それは光栄ですね」
「ねえ、エミリさん。どうして賞金稼ぎになったのかしら?その、命がけなのに」
「お金のため。あとは生きるためかな」
「生きるために戦うのね。私もいつかそういう日が来るのでしょうか。それともずっと来ないまま人生を終えるのでしょうか」
車は大きな交差点に差し掛かる。交通量が多い。信号待ちの間、運転手から話しかけられる。
「少し渋滞しているので10分ほど遅れます」
「大丈夫です。私はエミリさんとお話して待っていますわ」
「ありがとうございます」
「さて、何について話しましょうか」
「じゃあお嬢様の好きな人とか」
「私の好きな人は……秘密にしておきますわ」
「えー、教えてくださいよ」
「ふふ、ダメです」
会話をしている間に車が動き始める。目的地まですぐだ
「着きました」
「ありがとう」
「いえ、仕事なので」
「では行きましょうか」
エミリと少女は車から降りると、レストランに入っていく。店内は広く、上品なクラシック音楽が流れている。テーブルと椅子は高級感溢れる木材が使われている。
「こちらへどうぞ」
「わかりました」
案内された席に座る。少女と向かい合う形になる。メニュー表を開いて眺めるが値段が桁違い過ぎて目がくらむ。
「ここは私が払いますので気にせずお食べください」
「それは嬉しいけど……」
「遠慮なさらず」
「うん、わかった」
注文が決まると店員を呼ぶ。
「お客様、ご注文は?」
「おすすめコースを2つお願いします」
「かしこまりました」
「ここのお店はよく来るのですか?」
「いいや初めてです。緊張しないでください。私まで緊張してしまいます」
「そうなんですね。お嬢様は普段どんなことをしていますか?」
「読書をしたり音楽を聴いたりテレビを見たりですかね」
「やっぱり品のあるお金持ちは優雅なんですね」
料理が運ばれてくる。皿の上には綺麗に盛り付けられた料理が。そしてフォークとナイフも置かれている。
「では頂きましょう」
「いただきまーす」
前菜は海老のカルパッチョ。新鮮な魚介の味が口の中に広がってゆく。ソースがまた絶品だ。
次にスープとパンが出てくる。
「エミリさん!パンはお代わり自由ですよ」
少女はニコリと笑いながら話掛けてくる。エミリは愛らしさに胸が打ち抜かれそうになる。バターが塗られたフランスパンを齧ると口の中で小麦の風味が爆発する。美味しい。
外でドサリと何か人が崩れ落ちる音がする。
何か嫌な予感がする。
「お嬢様、伏せてください」
エミリは少女を庇うように覆いかぶさった。
ダラララララと銃声。ガラスが割れる
音。悲鳴。店内はパニック状態。
「お嬢様!大丈夫ですか!!」
「はい、大丈夫です」
「良かった、今すぐ外に出ます!」
二人は裏口急いで外に出る。すると、銃を持った男たちが待ち構えていた。見えているだけで10人
「やっと出てきたか」
「エミリさん、あれは一体!?」
「マフィアですよ。お嬢様はどこかに隠れていてください」
「分かりましたわ」
「さて、お姫様を狙いに来た悪者は何処かな」
エミリは銃を二丁取り出す。そして、一呼吸置いた後、銃を構える。
「死ねぇぇぇ!!!」
男が銃口を向けて引き金を引く。その刹那、男の腕が吹き飛ぶ。エミリの弾丸が男の銃に命中し、破壊したのだ。
「痛っ!!腕がぁ、俺の、俺のぉ」
男は悶え苦しんでいる。他の奴らも動揺している。この隙を逃す手はない。
エミリは再び銃を構え、撃ち放つ。今度は脚と銃を破壊する。
残りの男どもは逃げようとするが、逃がしはしない。銃弾の嵐が襲いかかる。一人は頭を撃ち抜かれ、一人は胴体を貫かれ、一人は足を撃たれ、その場に倒れ込む。残りは二人だけ。
「くそっ、化け物め、俺は逃げるぞ」
「おい、待てよ。一人で逃がすか」
二人の心臓をエミリの弾丸が同時に撃ち抜く。
「よし、これで終わりだね」
「助かりましたわ。ありがとうございます」
「いえ、これくらい当然のことです」
ズドンと駐車場が揺れる。
「おもしれえ女だ」
両腕を歪な重機級のサイバネアームに改造した男が現れる。総額5000万新円の被害を生み出した、巷では”剛腕”と呼ばれる重大犯罪者だ。上から20番目ほどの賞金首。
「エミリさん!」
「ご心配なく、私は強いですから」
「なら試してみるか?」
「いいでしょう、返り討ちにしてくれます」
「へぇ〜言うじゃねえか」
「いきますよ」
エミリは両手に持った銃で乱射しながら距離を保つ。剛腕は左腕のブレードを振り回し、銃弾を無視しながら近づく。エミリは冷静に弾切れになるまで攻撃を続ける。弾が切れると同時に接近を許してしまう。
「貰ったァ!」
「それはどうかな」
エミリは剛腕の腕の内側にキスするほどの距離に迫る。ラヴをホルスターにしまい剛腕の顎に手を翳す。
「魔弾の由来は二丁拳銃使いだから……じゃ、ないよ」
カチン。腕から音が鳴る。
内臓されている弾丸が点火される。
機械の腕。肘から掌までの内部で特別製の弾丸が加速する。
鈍い破裂音。そして衝撃。弾丸は脳髄をシェイクし破裂させる。
「これが私の〈魔弾〉だよ」
エミリの肘から薬莢がピンと排出される。
「かっこいい……」
貧乏賞金稼ぎのヒモ生活。あるいは令嬢の初恋という関係はここから始まった。
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