第26話
透明な真空パックに入ったコケモモの肉を大吉に見せる。ここは農協の会議室。シゲさんと彩さんを家に帰した後、俺たちは予定通り大吉に培養肉を上回るこのコケモモ肉を提出しに来た。
「これがコケモモです」
「ふ〜ん。鶏肉か。ありきたりではあるが、確かに量産出来るとなると良いかもしれないな。それで培養肉との違いは?」
日本の培養肉は現在10種類しかない。またそれらは、いくつかの企業が専売し独占している。
この10種類の中で一番売れているのは汎用肉というものだ。この肉はその名の通り、様々な料理に対応できるように作られている。ステーキからハンバーグまで幅広いレシピに対応している。
この汎用肉は戦時中開発された缶詰でありライトミート、ヘビーミート、オリジナルミート、ベジタブルミートの4種類がある。油分成分とタンパク質の構造によって差別化されている。
ライトミートは鶏肉やツナに近い触感、ヘビーミートは牛肉や豚肉に近い味わい、オリジナルミートは牛豚のあらゆる部位を混ぜ合わせたような味。ベジタブルミートは
ちなみに現在生産されている培養肉は全て肉片を育て収穫する技術で製造されているため大量生産が可能になっている。その為現在は価格破壊が起こり、一キロあたりの価格は5000新円程度である。
この缶詰は賞味期限が長く5年の長期保存だ出来る為、日常問わず備蓄しているところもある。
調理済みのコケモモ肉を大吉は食べる。数回の咀嚼。淡泊な味わい。布で口を拭い、フォークを机に置く。そして一言。
「美味しいのは分かる。だが、所詮はただの鶏肉だな。これは却下だ」
「待ってくだs──」
雫さんが反論するのを止める。
「はい。わかりました。次回こそ、より良い物を持ってきます」
拳を握りしめる。今回は負けだ。俺も実は分かっていた。これではただの珍しい鶏肉である。ただ8本脚の鶏。意外性はあるが、一回食べてもvuの鶏肉や汎用肉で良いと妥協出来てしまう。そういう味だった。
帰りの車内はお互い無言だった。
「雫さん。すみません。少し一人にしてください。必ず、最高の物を作ります」
ドームの外、砂利の駐車場で別れる。
***
鶏肉、普通の鶏肉。事務室で考える。どうすれば最高の鶏肉が作れるんだ。こんな時に助手が居れば革新なアイデアでも出たんだろうが生憎、現状何も成果を上げていない。そんな贅沢は出来ない。
vuに
「ここに食に詳しい奴はいるか」
飲んでいる客が一斉にこちら向くが、聞かれていることが自分の専門じゃないと分かった途端またヒソヒソと話を続ける。あたりを見渡す。一人、顔を隠しながら手を上げている奴がいる。
「すまん。隣良いか」
横に座る。
「それで聞きたい事は?」
「鶏肉についてだ」
「5万」
クレジットを交換に情報を得る。黒の輪は呑気なバーかと誤解されやすいがここは金と情報をやり取りする所だ。でなきゃ会員制にしていない。
「それじゃあ話すか。地鶏って知っているか」
「ああ自撮りだな。
「違げぇ!土地の
「……なるほど?それがどうした」
「はあ、天才遺伝子学者なのにそんな事も分かっていないのか。まあいい。まずは普通の鶏・銘柄鶏・地鶏の話をしよう」
***
まずは普通の鶏。
卵のための鶏ではなく「食用専用種」として開発・改良された鶏で、肉質が柔らかいのが特徴。これが所謂若鶏とかブロイラーとか呼ばれるものだ。
次に銘柄鶏。
鶏種は、若鶏と同じ肉用種で、通常の若鶏の飼育方法に工夫を加えて育てたものが銘柄鶏だ。つまり、元のヒヨコは若鶏と同じで、エサを工夫したり、飼育期間を長くしたり、各生産者毎に様々な工夫を凝らして、通常の若鶏を「差別化」したものがコレだ。
そして地鶏。
在来種純系によるもの、または在来種を素びなの生産の両親か片親に使ったものである。飼育期間が75日以上であり、28日齢以降は平飼いで1m2当たり10羽以下で飼育しなければならない。
***
「なるほど。それで地鶏がどうなんだ」
「地鶏のデータを5000万で売ろう」
「いや!ぼったくりじゃねえか!!!無しだ無し!」
「それは残念、気が変わったら俺はここに座っている。話しかけてくれ」
vuからログアウトする。
***
「は~~カスみたいな情報掴まされた。……地鶏かあ」
ただでさえ護衛料金に車のローンに大量の負債を抱えているのに、そんな大金払える訳がない。ドームの維持費も意外と馬鹿にならないし、研究資料もまだ把握してないのに。ん?研究資料?
……もしやと思い研究データを確認する。
「あるんか……だったら先に言えよ……」
研究室の古いデータに埋もれていたファイルに、”地鶏”と書かれたフォルダがあった。震える指で、ファイルを開く。
=================
名古屋コーチン
さつま地鶏
=================
なんと、約40種ものデータが保存されていた。
前任者、こんな機密ファイルあるならメモの一つでも残してくれないか……
キレたロイは無造作にAIにぶち込む。
「40種類の地鶏を良い感じにぶち込めば、これで最強の鶏が出来るのでは??」
「勝ったなガハハ!!!!」
深夜二時、睡眠不足が極まった天才は馬鹿になるのだ。
***
「二日で完成させただと?馬鹿を言うな!!」
「はい。様々な肉の中間の様な培養肉とは違い最高級の鶏肉を追求しました」
「嘘だろ?」
「
「本当に美味しいのか?……まあ良いだろう、味見させて貰うよ」
加熱された
「うまいっ!!!!」
驚きのあまり声を上げてしまった。
なんと表現すればいいのだろう。野生の旨味。じゅわりと広がるコクのある油のせいで、涎が溢れる。ああ、米が食べたい。準米でも良い。この味わいを
味付けは塩と胡椒のみ。
「……これは、すごいな。確かに鶏肉に食感は似てるが、もはや全く別物の食べ物だ」
「それは良かったです。2010年以降に盛んになった地鶏産業の機密情報を使い、日本人に最適な鶏肉、特に手羽先を追求しました。」
取り乱してしまったが驚きを隠し、目の前の気に食わないイケメンに対応する。
「チッ……これなら十分売り出せるだろう。早速申請しておくよ」
「ありがとうございます」
ロイは頭を下げる。大吉はどこか満足そうに去っていった。
***
「いやーー大成功でしたね」
「見ましたか、あの大吉の顔。コケモモの完全勝利ですよ!!」
「俺も頑張った甲斐があったぜ」
シゲさんがサムズアップする。
「ダーリンは何もしてないじゃない~」
シゲさんの家で打ち上げをしている。もちろん料理は熊肉を使ったステーキである。結局研究に没頭してしまい、シゲさんとの約束が果たせなかったので、急遽、今日食べることにしたのだ。
肉はシゲさん特性のステーキソースで頂く。
「このステーキは美味いな。何度食べても飽きが来ない。不思議なものだ」
ソースに漬け込んでいたので、獣臭さは無くなっている。
「えぇ、この肉ならいくらでも食べられそうだわ」
「ロイさん!!次は熊肉作りましょう!!」
「それも良いかn ……いや雫さん。俺やっぱり、流石に熊殺しは無理ですよ……」
こうして、サプリでなく人と食事を楽しむのも良いかもしれないなと、ロイは思うのであった。
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