第22話

「見つけた」


 俺は木々の合間を縫うように走る。500メートル先に荒れた獣の気配を感じる。それは獣。熊。しかも巨大な。恐らく全長4メートルは有るだろう。深手を負っていると言っていたが、死に至るような傷では無さそうだ。


 マタギ衆の話を聞く限り、その熊は異常な強さを持っているようだ。俺が近づくにつれ、熊は威嚇するように吠える。


「まあまあ落ち着けよ。森の熊さんの癖にファンシーじゃなくて殺意マシマシだぜ。せっかくコケモモの捌き方教わって雫さんの笑顔が見られたのに、これじゃ意味が無いだろ。」


 熊は更に激しく鳴く。彼は怒り狂っているようだ。


 だが、そんな事は関係ない。

 なぜなら、彼は既に殺すべき対象なのだから。


 ロイの性格は温厚に見えるが”キレると一番ヤベエ奴”であり、本質は中立に近い悪である。特に”理不尽なこと”忌避し憎んでいる。


 大抵の場合媚び諂い、へりくだった態度で接するが、一歩地雷を踏めば爆発する。自分だけが傷を負うのは構わないが、善人が巻き込まれるのは許せない。そんな性格を隠しているのだ。


 自分が加勢しなかった事で人命を失うのは目覚めが悪かった。都会に居たから理不尽には慣れた筈なのだ。田舎の平穏さで中途半端な正義感が目覚めてしまったのか。自分が何故怒りのままに獣と相対しているのかは分からなかった。


 ただ、達観していた筈の自分はまだ未熟であり、この怒りをぶつけるべき相手が目の前に居る事だけは理解できた。


 熊は茂みをかき分けこちらに向かってくる。かなり速い。時速50キロ以上出ているかもしれない。熊は前足を振り上げ爪を立て振り下ろす。

 スウェーで避けると地面が大きくえぐれた。


「俺が何でお前に対して怒っているのか良く分からない。でも、ここで逃したら一生後悔する気がするんだ。」


 追撃を回避する。ロイの独白も続く。


「もしかしたら自然の定めなのかもしれない。それでもさ、俺はもう二度と後悔したくないんだよ。」


 熊はまた爪を立てて攻撃してくる。


「俺はお金もそうだけど、あの都会の理不尽を見ないようにする為に田舎に来たんだ」


 熊の突進。それをサイドステップで回避しながら話す。


「俺はさ、君を殺すほど憎んでいる訳じゃないけど。」


 熊の攻撃は止まらない。今度は左のフック。

 避けきれないと判断して左腕を盾にする。鈍痛と共に吹き飛ばされる。


「人を襲うの止めてくれないか」


 しかし熊は止まらない。立ち上がり覆い被さろうとする。


 ロイは逃げられないことを確信すると同時に、何馬鹿なことしてたんだろうと薄笑いをする。


「ロイくん。何、馬鹿なことをしてるんだい。畜生に言葉なんて通じないよ。君もつくづく若いな」


 上から歴戦の戦士。あるいは大戦の英雄。自称ただの隠居ジジイのシゲが降り立つ。太刀は佩いたままだ。


「若者よ。お前さんはまだ若い。焦らず、ゆっっっくり考えなさい。先走ると大切なものを失ってしまうよ」


 そう言ってシゲさんは納刀しつつこちらに体を向ける。


「シゲさん!!!熊!!!!」


 ロイは焦って声をあげる。


「ロイちゃん。もう死んでるわよ」


 上空から声が聞こえる。見上げると彩さん。浮いている。しかもパジャマ姿。


「って事で、帰るぞ。帰ったら説教だ。」


 ロイは呆然とその場に立ち尽くす。


「俺の覚悟とか、矜持って……」


「そんなもん、後で幾らでも考えればいい。今は平和な世の中なんだ。上手い田舎の空気を吸って、ゆっくりしてれば良い」


 熊を見るとその場で白目を剥き、絶命していた。首の頸動脈を一瞬で切られたのだ。

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