第15話
──目が覚める
「ロイさん……折角の温泉で抜け出して仕事とか良くないですよ」
「可愛い嬢ちゃんをほおっておくなんて、あまり褒められたことじゃないぞ」
雫さんとシゲさんに叱られる。ここは大浴場の外にある休憩室。彩さんは長机に突っ伏して寝ている。
「すみません突然……」
「それで、ロイさん。キメラは出来たんですか?」
「ええもちろん。タブレットに転送します」
雫は浴衣の胸元から筒のように丸められたタブレットを取り出す。
「見てみますね」
タブレットを広げ、データを開封する。
「これがキメラですか」
「ええ、名前はコケモモと言います」
画面には八本の足を忙しなく動かしながら走り回る鶏がいた。
「随分と可愛らしいですね」
「まあ、俺から見たら少々気味が悪い見た目だが、一匹で手羽先が幾つも採れるのはいい考えかもしれないな」
シゲさんは笑顔で話す。
「じゃあ早速外に出て実験でもしてきましょうか」
ロイの言葉に雫が同意する。アンドロイドの女将に金を払い、玄関を出ると、丁度6時過ぎの時間帯だった。
「それじゃあ、俺らは帰るわ」
「じゃあね〜雫ちゃんロイちゃん。お仕事無理しない程度に頑張ってね!」
ここでシゲさん夫婦とは暫しのお別れだ。
雫の車に乗り込み、牧場に帰る。データは既に同期してあり、卵細胞への転写という作業は既に始まっている。
ドームの一角のシャッターがゆっくり上がる。このドームは流線的なデザインだが見た目とは裏腹に非常に頑丈な作りになっている。
戦時中はシェルターとして活用された歴史ある建物である。内側はその後改装され強力なキメラの突進を受けても無傷のままだ。その頑強さはキメラを飼育するのに最適だ。
ラボの中に入る。研究室の奥にある培養液の入った水槽を覗く。中には一センチ程の受精卵が漂っている。これが細胞が分化していき、やがて体を形成する。
ロイと雫は様子を観察する。
「増殖速度は早いですね」
「そうですね。あと2日程で孵化するんじゃないですかね」
「それは楽しみです」
「今日はもう帰ります?」
「温泉から出てすぐvuに行ってしまったので、正直がっかりしました。一緒に飲みたかったのに...」
「それは...すみません。良ければ飲み直しません?お酒は無いんですけど悩んでいるときに気まぐれで作ったレモンがあるんですけど」
「じゃあ、頂こうかしら」
「いえ、"飲む"ですよ。これは見てもらった方が早いかな。ちょっと待っててください」
そう言ってロイは一階の培養所に行く。しばらくして戻ってきたロイの手には”人の頭程のレモン”を5つほど抱えて持ってきた。
「すみませ〜ん。お待たせしました。これがレモンです」
「ちょっと大きくないですか?」
ソファーの前の机に置く。バランスを保ち転がらないように丁寧に置く。レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたような単純な色と丈たけの詰まった紡錘形の恰好。クソデカいが。
「えっと、これを絞ると、果汁が出るんですよ」
「……それどう見ても絞るサイズじゃないですよね」
「そうなんです。どうやって絞り出すのか僕にも分からないんです」
「……」
「だから、試してみようと思います」
ロイはポケットからナイフを取り出し、チャキっと展開する。そして刃先をレモンの上に当て勢いよく横に引く。皮を貫通して果実の芯まで切り込む。
「これをこのまま飲むんですよ」
「酸っぱくないですか?」
「それが滅茶苦茶甘いんですよ」
「信じられない……これが本当にレモンなんですか」
「ええ、デカいですがレモンです」
ロイはレモンを片手で持ち一気にかじる。雫は恐る恐る口に入れる。
「うっ……何これ……滅茶苦茶美味しい」
「でしょう?こんなに甘いなんて想像してなかったですよ」
「これも商品化しませんか?」
「自動収穫するのが難しいんですね」
「ドローンじゃだめなんですね」
「ああ、そんな感じで。そこまで量は必要じゃないかなと」
「じゃあ、今度農園に遊びに行きますよ」
「ええ是非」
「もっと小ぶりなサイズにすれば十分商機になると思うんですけど」
「そうですね、考えてみます。あ、そろそろ時間ですね。帰りましょうか」
ロイと雫はそれぞれの車に乗り帰宅する。
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